明日を生き抜く為に、今日がある。
今日を生きた証に、昨日がある。
夢や希望、挫折、苦難、これでもかと思う程に、「今」という時間の中で、それを彩る<出来事>が生まれる。その出来事に全てを投げ出し、本気でぶつかっていく人間は何故か明日が見えている。
半分以上使っていないと聞く脳を休める為に、眠る。目を開けて、見慣れた光景の中、自分の今日を確認する。反復の始まりだ。
味のない透明な空気をただ吸っているだけで人間は今日を生きる事ができる。しかし、おなかがすいた、喉が渇いた、金がほしいなど、人間は我欲の儘に今日起こるべき<出来事>をたくさん作りたがる。
かといって、たいしたレパートリーなんてポケットをひっくり返しても出てこないもんだから、昨日を思い出し、そして、似た様な生き方で今日を済まそうとする。だから、今日を乗り切る事が出来ているのかもしれない。。
明日は誰にでもやってくる。
しらないうちに誰かが明日を私に告げる。
聞こえもしない秒針の音。
今日が今もなお、カリカリと削りとられていくその音は聞こうものにも聞こえない。
限られた時間を少しでも有効に使う為に、人間は出来事をつくる。
何時から何時までは仕事。
その合間を縫って食欲や我欲を満たす。
そしてまた仕事。
疲れた身体を癒やすための出来事。風呂、酒、、、、。
今日という時間にとどめを刺す行動が目を閉じる事。
半分以上使っていない脳を休めるために人間は目を閉じる。
閉じた暗闇の中、人間は明日を模索している。
明日なんて、もしかしたら存在しないんじゃないか??
目を開けて光を感じれば、それはもう今日だ。
今を生きる事は明日を夢見る事。
だから、今日という時間の中で私は呼吸ができるのだ。
もし明日が来なかったら。。。
いや、、、明日はもう昨日の中に作り上げている。
時間の中にいる以上、背中を過ぎた時間は昨日だ。
目の前は明日だ。
それに何の意味があるのだろう。
私は、何をして生きるのだろう。
そもそも、生きる行動は何故行っているのか。。
自分のしっぽを執拗に追い回し、延々ぐるぐる回っている犬の気持ちが少しわかった。。