第二次大戦の終結を告げる為に投下された、二つの爆弾。
世界で初めて、核の業火に焼かれた日本。
広島。長崎。共に旧日本海軍の拠点基地があった為に標的にされた。
しかし現実的に、とてつもない被害を被ったのは、軍事関係者ではなく、非戦闘員、つまりそこに住む民間人なのだ。

「この爆弾で戦争を終結させる事が出来たのだ」

サングラスにパイプをくわえた元帥さんが声高々に宣言し、 共生と言う名の統治、支配を施行。
戦勝国に有利な法律創案。日本の戦略は野蛮極まらない物であるとし、指導者達にA、B、C級と戦犯のレッテルを貼り、勝手に裁き、自分達の行い全てが「正義」だと主張した。

確かに、日本の行った陰湿で人権無視な行為は許されざる事だ。
だが、一国だけで戦争なんて出来ない。つまりは戦勝国アメリカが行った行為も裁かれる対象になりうるはずだ。お前達も何人殺したんだ?
一瞬で何万人も焼け死んだのは何の罪もない人々なんだ。
それでも勝てば(正義)なのか?
戦争をすれば必ず被害は弱者に向けられる。
(戦争)というカテゴリーの中に(正義)なんて存在するはずがない。


原子爆弾の業火に曝されながらも生き残った、一台のピアノ。皆さんご存知でしょうか。
そのピアノが近日、60年の時を越えて、海を渡り、アメリカで演奏されるそうです。

一体、どんな音がするのでしょうか。
弾き手はどんな曲を演奏するんでしょうか。
青い目をした聴衆は、どんな思いで、そのピアノの声に耳を傾けるのでしょうか。

戦争を知らない僕達が出来る事。
それは、もっと知る事だと思います。
奇麗な戦争なんて存在しないと言う事。
心の正義は戦争では歪み、意味を無くすと言う事。
知り得た知識を後生にちゃんと伝える事。

過ぎた時間は戻りません。
犯した過ちは消えません。
だから、今この時が輝ける様に、恒久なる平和という意味を、真摯に、貪欲に追い求めなければいけないと思います。

悲しい運命に見舞われたピアノの奏でる調べの中に、平和を彩る美しい旋律がきっとあるはずです。

今を生きましょう。
今を歌いましょう。
明日を奏でましょう。

このピアノの音を耳にした全ての皆様に平和の祈りが芽生えます事を、心より願っています。