猛暑日が続く毎日ですが、庭や空き地では草が伸び放題に生い茂り、見るに耐えなて有様です。「草は抜かねば木も茂らず」と言いますが、木だけではなく野菜も根元にある草は生長の障害になります。この諺は「群小の障害を取り除かないと、大事は成就しない」ことを示唆しています。
私たちの人生にも行く手を遮る雑草が生い茂ります。四方から苦しみを受けて行き詰まり、途方に暮れて失望し、虐げられて見捨てられ、打倒されて滅び兼ねない経験をすることがあるのではないでしょうか。このような人生を覆い包むかのように、生い茂る諸々の雑草にどのように対処したら良いのだろうか。
自然の草であれば抜き取ることが出来ますが、人生の行く手を阻む雑草は人の知恵や力では、簡単に取り除くことは出来ません。預言者イザヤはこのように述べています。「大地が草の芽を萌えいでさせ、園が蒔かれた芽を芽生えさせるように、主なる神はすべての民の前で、恵みと栄誉を芽生えさせてくださる。」(イザヤ書61:11)と。神が芽生えさせてくださる恵みと栄誉とは、忍耐であり、希望と愛です。これが神の知恵であり力で、これらよって一歩前進することが出来ると信じます。
そこで預言者ミカはこのわうに告げます。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう。」(ミカ書4:2)と。
空き地や放棄された畑に生い茂る雑草
雑草は刈り取っても1週間もすれば、また生え出て来ます。


