旅も終盤に入りポルトガルで2日間過し、3日目にリスボンを発ち日本に向いました。
この日の行程は発見のモニュメントからジェロニモス修道院を経てシントラとロカ岬です。


テージョ川とヴァスコ・ダ・ガマ橋。この橋は記憶に間違いなければ2キロ以上あります。


リスボンのヘソ、ロシオ広場。中央の円柱の頂きから
見下ろしているのは、初代ブラジル国王となった
ドン・ペドロⅣ世のブロンズ像。

元はテージョ川を行き交う船舶を監視し、河口を守る要塞として造られたが、
後に船舶の通関手続きを行う税関や灯台として使われた「ぺレンの塔」。
司馬 遼太郎はこの塔を貴婦人がドレスの裾を広げている姿に例え「テージョ川の貴婦人」と
表現したそうである。


1960年にエンリケ航海王子の500回忌を記念して造られた
モニュメント。帆船をモチーフとし大海へ乗り出す勇壮な
カラベル船を手に、先頭に立つのはエンリケ王子です。


広場の中央地上には世界地図が描かれていて、大航海時代にポルトガルが
新しい国に到達した年が刻まれています。日本は1541年です。


ジェロニモス修道院はエンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの
偉業を称え、また、新天地開拓へし乗り出して行く航海の安全を
祈願して、マヌエルⅠ世が1502年に着工しました。


中庭から見た修道院の回廊と食堂ですが、北側の壁には
聖ジェロニモスを描いた絵が飾られています。


修道院内のサンタ・マリア教会の南側の側廊に埋め込まれたステンドグラス。


ポルトガル王家の夏の離宮シントラ王宮 イスラム、ゴシック、ルネッサンス、マヌエル等の
様式を寄せ集めたベーナ宮殿。


巨大なユーラシア大陸の最西端、高さ140メートルの断崖の上にポルトガルの詩人カモンイスが詠んだ、
詩の一部を刻んだ石碑がポツンと建っています。 この海の先にアメリカ大陸があります。

これはシントラ市庁舎が発行する「最西端到達証明書」で、名前が入っています。
これは旅行社が前もって手続きを取っていてくれました。実はこれが欲しかったのです。