これが田村広 1971年制
今も健在です。
母親がこれだけは何があっても手放すなと遺言を残しています。
私の生まれは滋賀県能登川町というところで、かなりの田舎でした。今もあるかどうかわからないけど、祭りには男子は中2から豊作を願い、団七という白黒チェックの着物を着て酒を飲んで1トン近くある神輿をかつぎました。未成年の飲酒はダメですね。
楽しかったのは祭りにつきものの太鼓、鐘、横笛などがありました。太鼓と鐘のかけ合いが何パターンかあって、先輩からの伝授で覚えていきます。神輿をかつぐ為に丸太を神輿にロープでくくり付けます。その時のリズムと、山を引く時に出すリズム、目的地に着いた時に出すリズム。それぞれ決まりがあってそのリズムを覚えて叩く太鼓や鐘がカッコよかったんです。中でも長老(まさやん)が叩く太鼓は安定感があって大きなうねりが感じられる心地よいリズムでした。(キッチャンの太鼓も好きでした。)
祭りが終わったあとは、ここからが本番です。祝いこみといわれて、その年に結婚された家に皆で押しかけて朝までドンチャン騒ぎです。
その時に見た光景は、、
、
それはそれは大変楽しいものでした。
先ずは手拍子で歌を歌います。これは各々の持ちネタで粋な春歌が出るわ出るわ。お互いの空気を読みながら自分の出る隙を伺う。
後で分かったことだけど、
!コレってフラメンコやん!
楽しいドンヂャン騒ぎは朝まで続きますがしかし、その家にきた嫁さんは大迷惑だったと思いますが。
続く
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