リダと母の闘病日記~脳腫瘍と向き合う~看取ったその後~今度は夫が悪性リンパ腫に(R3年2月) -11ページ目

リダと母の闘病日記~脳腫瘍と向き合う~看取ったその後~今度は夫が悪性リンパ腫に(R3年2月)

H27年2月に母がグレード4の膠芽腫と診断されました。母の事や日々の出来事を綴っています。H29年8月14日に永眠、H30年3月7日に父が突然死。そしてR3年2月に夫が悪性リンパ腫に。。。

昨日、4週間に一度の大学病院に行ってきました。

去年、急いで福祉車両を購入したんですが、あの時、買っていてホントによかったと思います。乗せ方も上手になりました(笑)

 

外はうだるような暑さでしたが、院内は羽織るものがないと寒いくらいクーラーが効いてました・・・。母はカーデガンを着てちょうどいいくらい。

 

いつもの様に採血をして、いつもの様におしっこは無理で。。。(-_-;)

昨日は1時間くらい待って診察に呼ばれました。

以前の母はこの待ち時間が耐えられず、大声を出したり怒ったりと大変でしたが今は険しい顔もせず、車いすで寝てしまいます。。。

でも、診察室でY先生の顔を見ると満面の笑顔。まだ顔の判別ができる事が嬉しくもありました。

 

採血結果は、とても良好で数値は安定。。。

右手が完全に反応しなくなってしまった事や訪問主治医を決めた際に色々書類を書いて下さったお礼をお伝え、アバスチンの話になり。。。私たちは可能な限り続けたいという思いを伝えました。

Y先生も賛同して下さり、一緒に頑張りましょうと言って下さいました。

3月以降造影剤でのMRIを撮っていないので進行具合ははっきりとしませんが、腫瘍が広がっている事は間違いないだろうと・・・。

来月、MRIを撮るのでその結果次第でまた相談していこうと思います。

 

22回目のアバスチン、無事に終わりました。

 

終わった後、久々に院内の食堂でお昼を食べました。母が食べる事ができるメニューはないので売店で卵豆腐とヨーグルト、メイバランスを買い食べました。

どれも冷たい物ばかりだったので、途中で母に「あったかいお茶を少し飲もうか」と飲ませようとしたら母自ら左手で湯呑を口に持っていき飲みました。最近の母はそれができずにいました。

そして、お茶を飲んだ後、「さめてるよ」とはっきりしゃべったんです!

 

しゃべれなくなっていた母から言葉が出てきたんです!

 

こんなに早く効果がでるのか???なんですが、母がしゃべったのは確かです。

思わず拍手してしまいました。

母にはまだアバスチンが効いているんだ!と信じてます。

 

アバスチンと言えば・・・待っている時に話をした方のご主人様は10年前に発症されて最初はグレード2か3で再再発で今はグレード4。

アバスチンがまだ保険適応でなかった頃からしていて昨日はなんと106回目のアバスチンだとお聞きして驚きでした。

肝っ玉お母さん風の奥様で「もう3千万くらいは使ったよ」とサラッと言われ、

この奥様・・・凄い!の一言でございました。

 


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母は火曜日と土曜日にデイサービスに行くのですが先週は2日間共に大雨で行く事ができませんでした。。。

 

今日は10日ぶりに行く事ができ、湯舟にも浸かれ始終ニコニコ笑顔で過ごしていたと連絡帳に書いてありました。お母様の笑顔に癒されますとも・・・・・

そう言って頂いて私たちも嬉しいですし、ほんとによくして頂いて有難いです。

 

去年まで半狂乱になっていた母の状態を思えば信じられないのですが・・・・

今は穏やかに笑うおばあちゃんになりました。

だんだん赤ちゃんに戻っていくと聞いてはいましたが無邪気に笑う母の顔を見ていてホントにそうだなぁ~~って思う事が多いです。

食事も息子に作っていた離乳食を思い出しながら作ってますし・・・・・

 

ただ・・・痛みだけは我慢できず・・・言葉にならない声で訴えます。

いっその事、痛みも感じなくなってくれたらいいのに・・・とさえ思ってしまいます。

 

歩かなくなって足の浮腫みはだいぶ減りましたが今度は両手が浮腫む事が増えて・・・

マッサージをして血の循環をよくしてあげる事くらいしかできない。。。

 

今週の金曜日は4週間に一度の大学病院の日です。

訪問主治医は先日の診察時、病院に通うのも大変でしょうと言われ・・・・

その言葉にアバスチンを止める方向に話を持っていこうとしているのを感じました。

 

すぐ先生にはテモダールは飲めなくなったけど、まだアバスチンは続けたいという事をはっきりとお伝えしました。ここまで悩みながら、頑張ってきたのにやれるとこまでは頑張りたいですと・・・

 

無駄な抵抗かもしれないけど、QOLがもしかしたら上がるかもしれない可能性を私たちは信じたいんです。

 


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母が膠芽腫と診断されてもうすぐ2年5カ月が過ぎようとしています。

再発からは1年8ヶ月。。。

 

日々、衰えていく現実を直視しなければならない今。。。

 

正直、辛くて苦しいです。この気持ちを押し殺して仕事をする事もしんどいです。

 

5月初めに歩けなくなったとほぼ同時期に、嚥下機能が著しく低下しミキサー食でも飲み込みが難しくなり・・・・ムース状にしてもなかなか飲み込めず食事に1時間以上かかります。

 

そして術後から右手は麻痺があったものの少しは握り返しができていました。

それが3日前から全く動かなくなってしまい。。。完全麻痺の状態です。。。

 

再発した所が言語中枢のど真ん中で手術もできず放射線やサイバーナイフも最大限あてているのでできず。。。いずれ話ができなくなる事は覚悟していました。

 

とうとう、しゃべれなくなってしまいました。。。。

 

一週間くらい前までは話しかけると「はい」と答えていて調子の良い時には会話にもなっていました。それが今ではうなずくのが精一杯。

何か話したいのに言葉がでず、口を少し動かしては止める。。。

 

今日は麻痺した右半身を凄く痛がり、浮腫みも出ていて・・・

痛み止めを飲んだら少しは和らいだ様で安心しましたが、いたたまれない気持ちでした。

 

頼みのアバスチンもいつまで効力があるかわからず・・・

もうすでに効き目がないのかもしれない現状の中で病状が悪化していく事は避けられない。。。

 

でも痛みだけは取って欲しい。。。

 

これ以上母を苦しめないで。。。。

 

唯一の救いは笑顔で話しかけると母も一緒にニコッと笑ってくれる事。。。

 

だから泣かない様に頑張っていたのに・・・

 

今日は色んな想いが込み上げて母の体を拭きながら涙が止まりませんでした。

 

こんな事ではいけない!と自分に喝を入れても・・・・・

 

心が折れました。

 


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今日、訪問主治医の先生が来られました。

 

地元では在宅医療の有名な先生です。

 

今後のケア、胃瘻についての話もしました。。。

 

母は元気な頃から胃瘻はしないでと言っていましたのでその事を伝えました。

 

今の母には自分で判断する事ができないので・・・

 

 

大学病院のY先生とも話をされていて・・・・

 

どうやら母は、ターミナルの時期に入っているようです・・・

 

 

わかっていても・・・・

 

悲しくて涙が止まりませんでした・・・

 

 

 

でも、でも、最期まで諦めません!

 

まだまだ、母も私も頑張ります!

 

余命なんて誰にもわからない!

 


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