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眩暈のような読書体験~レーモン・ルーセル「ロクス・ソルス」



銀のマント



 フランス文学史の中に埋もれかかっていた奇想の作家レーモン・ルーセルを高く評価して世に喧伝したのはシュールレアリスムの教祖アンドレ・ブルトンだった。ブルトンは「シュールレアリスム宣言」でルーセルのことを「逸話においてシュールレアリストである」と紹介した。またシュールレアリスムの画家ダリは『革命のためのシュルレアリスム』誌でルーセルの『新アフリカの印象』について、「当代にあって、詩的にもっともとらえ難い、したがってもっとも未来性に富む」と評した。

 以後シュールレアリストやタダイスト達にとってルーセルの作品は絶賛の的となったが、ルーセル自身はシュールレアリスムにもタダイスムにもまったく関心はなかったようだ。芸術思想や精神世界には一顧だにしなかったルーセルは、当時人気のあった通俗作家のドイルやヴェルヌに憧れていたらしい。
 ルーセルには、その死後発見された『私はいかにして或る種の本を書いたか』という、本当だか嘘だかわからないような突拍子もない創作方法を述べた文章が残されていて、それは「音が似ていたり、意味が似ている語や文を組み合わせて、挿話を発想するという方法」なのだが、それはある意味エルンストのコラージュにも通じる発想だ。フランスの思想家で言語学や歴史学の泰斗ミシェル・フーコーがそうしたルーセルの創作方法に関心を寄せてレーモン・ルーセルを詳細に論じた著作を書いたほどだった。マルセル・デュシャンもルーセルの影響を口にして憚らない。ルーセルの言語実験は、本人の意図をはるかに超えて、文学や芸術、言語論にまで広範な影響を及ぼすこととなった。
 この「ロクス・ソルス」もルーセルの突拍子もない創作方法によって書かれたとされる奇想小説だ。内容はパリ郊外に住む科学者の邸内の発明品の数々を見て回るというもので、この発明品がどれも奇想に満ちている。例えば、「撞槌に似た軽飛行機が人間の歯を使って作り出すモザイク」とか「ガラスの死体蘇生装置」とか「水中を遊泳する電気脳」といった具合だ。
 ところが、描かれるのはこうした突拍子もない奇想の品々であるにも拘らず、それを描写するルーセルは信じられないほど即物的に細部までとことん精緻に描き出していく。
 そこには詩的な表現や文学的な趣向はいっさいない。そこだけ読めば何かの機械の精密な解説書か何かと見紛うばかりだ。そしてその結果、バカバカしくもあり得ない奇想の発明品が誕生する。この奇妙に歪んだリアリズムこそルーセルのルーセルたる所以だろう。
 大雑把なストーリーの枠組みはあるものの、ルーセルの叙述の方向性は途中で何本も枝分かれして、本来の叙述のテーマとは関係のないエピソードがどんどん発生して肥大化する。それはもうひとつの代表作「アフリカの印象」でも顕著に見られた特徴だが、「ロクス・ソルス」でも同様だ。それはレーモン・ルーセルの魅力のひとつでもある。

 読者は、ルーセルの叙述に迷路を歩かされているような感覚を覚え、それはやがて快感となる。この眩暈のような読書体験こそルーセルを読む愉しみなのである。




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