ダリはその若き日に、映画作家のルイス・ブニュエルと共同で「アンダルシアの犬」と「黄金時代」という二本の映画を製作している。
この二本は当時高く評価されたが、特に最初の「アンダルシアの犬」はシュールレアリスム映画の傑作として、現在に至っている。
ダリはそれからも、先日紹介したディズニーとのコラボ作品「Destino」を始めとして、積極的に映画界へ関わっている。
その代表作がアルフレッド・ヒッチコックの「白い恐怖」(1945年米)だ。
記憶を失った主人公が見る夢のシーンの美術セットを担当した。
巨大な目玉が幾つもついたカーテンとか、それを切り裂く巨大な鋏とか、女の脚のついたテーブルとか、顔のない男とか、斜めになった屋上の上に落とされた歪んだ車輪など。いかにもダリ的なイメージが展開される。
ヒッチコックによれば、ダリはとても映像化できそうにないアイディアを次から次に考え出したという。
例えば、彫像にひびが入り、その亀裂から無数の蟻が這い出し、イングリット・バーグマンの顔を黒く覆ってしまうというアイデアがあったそうだ。もちろんこんなシーンは映像化されなかった。
またヴィンセント・ミネリが監督した「花嫁の父」(1950年米)の美術にも参加している。ダリが担当したのは、娘の結婚式を翌日に控えて不安な父親が見る悪夢のシーン。教会の通路を進もうとするが、床に足を取られ、服も剥ぎ取られなかなか前に進めない。しまいには床はトランポリンのように弾み彼を翻弄する。
一説によれば、有名なSF映画「ミクロの決死圏」(1966年米)でも、ミクロに縮小された潜航艇が入っていく人間の体内の美術を担当したという。血漿の中を赤や黄色の血球が漂い、神経細胞が森のように張り巡らされ、幻想的な小宇宙を思わせる美術だ。ネットの情報などでは、ダリが担当したとする情報もみうけられるが、映画のクレジットにはダリの名前は出ていないし、残念ながら真偽のほどはさだかではない。
ほかに、シュールなギャグで知られるマルクス兄弟のためにシナリオを書いたり、巨匠となってから、「モンゴル奥地への旅/レーモン・ルーセルへのオマージュ」(1975)という作品を制作しているが、これは日本未公開だ。「ロクス・ソルス」など、シュールなイメージに満ちた小説を書いたレーモン・ルーセルに捧げられた映画など、ぜひ見てみたいものだ。
マルクス兄弟のハーポ・マルクスは、特にダリのお気に入りだったようで、有刺鉄線を巻きつけたハープのオブジェをプレゼントしたり、そのハープを奏でるハーポの肖像画を描いたりしている。