■夢の国のリトル・ニモ/ウィンザー・マッケイ
ウィンザー・マッケイの「夢の国のリトル・ニモ」はいろんな意味において驚異の作品だ。
この作品はアメリカで1905年から1914年にわたって九年間、新聞の日曜版に連載された。オールカラーで全419回だ。1ページ12コマ前後の構成で、1ページ1話完結になっている。つまり419回ぶんのストーリーが描かれたことになる。そしてその内容はすべてニモという少年の夢の内容を描いたものなのである。
夢の内容を描いた作品というのはこれまでにもあるにはあった。例えばつげ義春のマンガ、島尾敏雄の小説、漱石の「夢十夜」、最近ではハリウッド映画の「インセプション」など。だが、それらはいずれもかなり特異な作品として扱われている。一般読者には敬遠されることも多いようだ。夢と言う不合理に満ちた世界は一般に受け入れられるには難しいジャンルなのだ。それが十年近くも続き、読まれたと言うのは驚きというしかない。しかも新聞と言う誰でも読むメディアで。
もっとも、「リトル・ニモ」の場合は夢といってもフロイド的な深層意識に繋がる不合理の世界ではなくて、あくまでもファンタジーの創出装置として使われている。もともと少年の見ている夢の話なのだから、性的な陰影はない。ふしぎで楽しい夢の世界というスタンスだ。それでも十年近くも夢のエピソードを描き続けた漫画は空前絶後だし、それを毎週読み続けた読者の存在も今では考えられない。古き良き幸福な時代だったのだ。
「夢の国のリトル・ニモ」が描かれたのは、時代的にいうと百年以上前、日本なら明治末期にあたる。そんな昔に描かれているのに今見てもほとんど違和感がない。オールカラーでアールヌーヴォー調の絵は美しく、コマの展開は滑らかで読者はふつうに作品世界に入っていける。その後、アメリカのコミック界は雑誌が主流になってきて、スーパーマンやバットマンなどおなじみのヒーローが活躍するようになるが、「リトル・ニモ」以降、これほど美しいファンタジーに満ちた作品が作られることはなかった。