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日本全土が灰燼に帰し、混乱と飢餓で明日への光も見えない時代があった。今から64年前のことだ。そんなとき、「日本の戦後復興を信じていた」とジョージ・アリヨシ元ハワイ州知事の話が残っている。寒風吹きすさぶ中、占領軍の若い将校であった同氏は、有楽町の街角で、少年に靴磨きをしてもらった。その子は7才という。一所懸命心を込めて磨いてくれたので、お礼に白いパンにバターとジャムを塗り込んでプレゼントしたが、少年はそのまま袋に詰め込んだ。


仕事は道楽、人生は極楽道なり 仕事は道楽、人生は極楽道なり


「どうして食べないの?」と聞くと、「家に妹がいます。3才でまり子と言います」。アリヨシ氏は感銘を受けて、「日本の国土は消失したが、日本人の精神は滅んでいない。日本はこれで終わらない。必ず甦る」と確信したそうだ。(山口の前田さんの「養黙」より)


仕事は道楽、人生は極楽道なり 仕事は道楽、人生は極楽道なり


この話を読んでいて、宮城マリ子の「ガード下の靴磨き」を思い出した。親父が死んで、生活の為に母は女中さんとして働きに出た。夕飯の用意をして母を待つがいつまでたっても帰ってこない。こんな時、この歌をよく唄ったものだ。「♪ あ~か~い夕日が ガードを染めて ビ~ルの向こうに 沈んだら 街にゃネオンの花が咲く おいら貧しい靴磨き ああ 夜になっても 帰れない♪


仕事は道楽、人生は極楽道なり 仕事は道楽、人生は極楽道なり

なぜか涙がボロボロこぼれている。電灯もない貧乏暮らしには母が一番の灯りだった。暗い部屋では寂しさが一段と募る。この歌を聴いていると子供ながらにも情景が浮かんでくる。「この子よりはましだ」と、いつしか元気を取り戻していた。そんな時代があったなぁ。