990号
中村和美さんから頂いた新井英一のCDを聴いていたら、「ヨイトマケの唄」に凄く引かれていって涙がボロボロこぼれてきた。ドスの利いたガラガラ声で、美声とはほど遠い声ではあるが、命の底から絞り出す声は18年前と全く変わらない。野太く声量のある声は男の哀しみが切々と伝わってくる。彼のテープを初めて聴いたとき強烈なショックを受けた。そしてやっぱり涙がボロボロこぼれてきたのを想い出す。苦労をした男が醸し出すいのちのメッセージと受け止めている。
ヨイトマケの唄
父ちゃんのためならエンヤコラ 母ちゃんのためならエンヤコラ
もひとつおまけにエンヤコラ
1.今も聞こえる ヨイトマケの唄
今も聞こえる あの子守唄
工事現場の昼休み
たばこふかして 目を閉じりゃ
聞こえてくるよ あの唄が
働く土方の あの唄が
貧しい土方の あの唄が
2.子供の頃に小学校で
ヨイトマケの子供 きたない子供と
いじめぬかれて はやされて
くやし涙に暮れながら
泣いて帰った道すがら
母ちゃんの働くとこを見た
母ちゃんの働くとこを見た
このヨイトマケの唄は、「土方」という言葉が差別用語と言うことで発売禁止になったそうだ。「ひじかた」だったらどうなんだ? 言葉というものは昔から意味があって伝わってきた。その言葉でないと伝わらない表現があるはずだ。では訊きたい、その言葉に代わる最も適切な表現方法があるのかと。何でも禁止すればいいと言うのでは文学も薄っぺらになってしまう・・・つづく



