936号
石川元則さんからのメールに「志は昴くあれ」と言うお言葉を頂いたが、まさに政治家は志が昴くなくてはならなぬ。志と言えば、東国原知事は宮崎知事選に出馬するとき、「どぎゃんかせんばいけん」と言って、県民の支持を得て当選した。しかし彼の言動を見ていたら、あまりにもマスコミに出過ぎていて、本当にしっかり県政と取り組んでいるのだろうかと疑問視していた。人間はすべて24時間しか与えられていない。限られた時間の中であれだけマスコミに出ていたら、当然やるべき仕事も限界があるはずだ。
(お日様は、陰ひなたなく平等にすべてに光のいのちを与えてくれる)
ところが、中山成彬大臣が暴言の責任を取って衆議院選不出馬を表明。候補者として自民党から声がかかったら、いそいそと党本部まで出掛けて行って、色気十分だった。ところが県民の圧倒的なブーイングによって、即座に白旗を揚げてしまった。疲弊した宮崎県を立て直すために「どぎゃんか」しようとしたのではなかったのか?
志よりも「成りたい」心が見え隠れする。人間の本質は、時間が経てば必ず見えてくる。志が高ければ右顧左眄することなく、自分の思いに向かってまっしぐら突き進むはずだ。そしてその思いは必ずや実現するし、そのことが世のため人様のためになるはずである。
我らが平成の志士・きいたかしは、その志が全く違う。このニッポンを憂い、自らのいのちを張って政治の世界に飛び込んだのである。彼は公言している。「日本を真っ当な社会にするための道筋がついたなら、さっさと引退して教育者になりたい」と。元々は教育者になるために勉励してきたのであるが、その現場に足を踏み入れると、とんでもない世界だった。「これは現場では変えることは出来ない。国の仕組みから変えなければ」との強い信念のもとチャレンジしているのだ。・・続く





