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この世に神様がいるとすれば、神様が罰を当てたりするだろうか。おいらが思っている神とは、いわゆる万物の創造主、大いなる存在、お天道様、サムシング・グレートなるもので、宗教的な神ではない。この大宇宙のふしぎで、極めて超精密且つ、規則正しい仕組みは、目には見えないが、大いなる意思が働いているとしか考えられない。その無限に等しい大慈大悲の恵みを与えて下さっている大いなる存在が、罰など当てるはずがない。なぜなら、罪悪人だからと言って、「お前には空気を与えない」とか「お前だけ光を当てない」などということがないように、常に平等に無限の恵みを与えて下さっているのである。



ではなぜ不幸が起きたり病気になったりするのかと考えてみたら、すべて原因結果の法則に基づいているからだろう。暴飲暴食を続けたり、睡眠不足が続いたり、過剰なストレスが続いたら身体は当然参ってしまう。また、人の不幸を喜んだり、人の悪口やうわさ話を楽しんだり、不平不満ばかりを言って感謝することを忘れていたら、その通りになる。何も難しいことはない。これこそ宇宙の法則通りではないかと思う。感謝すれば感謝したくなるようなことが返ってくる

(奥様の渡辺博子さんの作品。手作りのお茶うけの敷物にも可愛い絵が描かれている)




おいらはこのことを勝手に「山彦の法則」と呼んでいる。山に向かって「ヤッホー」と叫んだら、「バカヤロー」とは絶対に返ってこない。必ず「ヤッホー」と帰ってくるはずだ。自分がやった行い、言った言葉のとおりが返ってくるだけなのである。人生でおもしろいのは、それがすぐ返ってくる人と、ずーっと後で忘れた頃に返ってくる人がいると言うことだ。すぐ返ってくればすぐ気がつき生き方も修正できるが、忘れた頃にやってくると恨み辛みの人生が待っていることに。