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致知出版の社長メルマガに「曲礼」についての記事が出ていたので引用させてもらい、改めて勉強させて頂くこととする。

中国古典に「曲礼」(きょくらい)という『礼記』の一篇があります。
「曲」というのは「くわしい」という意味です。その「曲礼」の中に「年齢」のことが書いてあります。人生まれて10年を「幼」という――学ぶ。(教えを受ける年齢ということです)20を「弱」という――冠す。(冠をつける年齢だということです。「弱冠」というのはここからきたようです)

30を「壮」という。40を「強」という。50を「艾」(がい)という。
60を「耆」(き)という。
70は「老」という。80、90を「耋」(てつ)という。

そして60は「耆」(き)
これがおもしろいですね。「老」の下の字に「旨」で「き」といいます。
「旨」というのは「うまい」ということです。
「うまい」というのは、あまいとか酸っぱいとかという単純な味ではない。
5つの味をミックスした、たとえようのないデリケートな味のことをいいます。



だから、これに手ヘンをつけると、「指」――指というのは独得のデリケートな働きをしますね。

魚ヘンをつけると、「鮨」――独得のうまい食物です。
つまり、「耆」というのは、人生のあまいもからいも、あらゆる体験を通して、なんともいえない人間の風味がでてくる年齢だということです。
この伝でいえば、60代は人生の黄金期といえそうですね。

もうじき(よわい)60、還暦を迎える。激動の59年間だった。しかし考えてみるとこの教えの通り、いろんな苦難や喜びを体験することによって、甘いも辛いも酸っぱいも心体で体得させてもらった。人生の旨みを醸し出していく年齢になったのだということが少しだけ理解できる。これからは少々のことがあってもへこたれない旨みのある人生を謳歌していこう。そして、ここに今あるこの生命にこころから感謝しよう。ありがたい、有り難い、ありがとうございます。