708号
そうそう、蜂谷弥三郎さんは今年90才になられると思う。鳥取からお一人で、今回は講師ではなく勉強に来られたのである。無実の罪で50年間もシベリアに抑留されながらも貴いお人である。祖国ニッポンを愛し続けた執念が、クラウディアの聖なる愛の奇跡によって、祖国の土を踏むことができた誠に貴いお人である。
すでに超満員。「うしろで聞くか・・」と思っていた矢先に、山口の前田さんが飛んできて「最近“ひらめきが”届かんので淋しいですよ・・」といいながら、「ちょっと詰めてください」と、最前列から2番目の席を家内と二人分確保してくれた。いやあ、本当にありがたいことです。感謝、感謝。
「せんぱ~い!」とまた大島さんが飛んできた。ソプラノ歌手山崎真理子さんのお姉さんを紹介してくれ「テレビ見ましたよ。あなたにMVPをとった豊田泰光の記念写真あげます」と。何とも嬉しいことを言ってくれるではありませんか。後輩は家内が喜ぶだろうと、“ありがとうございます”がぎっしりデザインされたバッグを「これ見つけたんですよ」とプレゼントしてもらった。
また、帰りがけに前田さんの奥様から呼び止められ、「素晴らしき哉カフェ経営」講演予定の田口文子さんが、『自家焙煎珈琲バッハ』で使っているコーヒーをくれた。なんでも沖縄サミットの時に使われたコーヒーだそうで、感謝の心を込めて頂こう。ありがとうございます。
(“ありがとう”でなく“ありがとうございます”が嬉しいねぇ) (神渡良平さん)
(真ん中が蜂谷弥三郎さん) (沖縄サミットで使われた珈琲)
三上和志さんは京都の一燈園の第二代の園長である。初代の西田天香さんが便所掃除で心を磨いていく修養団を創設し、多くの人々に影響を及ぼしている。勿論現在もその精神と活動は脈々と引き継がれている。その三上和志さんがある病院長に呼ばれた。余命幾ばくもない不良少年に話をしてほしいとのこと。病院のベッドで一人骨皮筋右衛門となって横たわっている卯一少年18才。さんざんな人生を強いられ、悪事を働き終には当時の死病・肺結核になって死を待つばかりの時だった。三上さんは少年に近づき、足などをさすってあげようと毛布をめくると、鼻をつく異臭が漂ってきた。漏らした小水や垢だらけのすえた匂いと混じり何とも言えな。それを嗅ぎながらやせ細った手足を揉みながら話し出したが、人生を捨て人を恨み尽くした卯一は何も答えない。卯一は母も父の顔も知らない。うどん屋で女中として働いていた母の所へ足繁く通っていた大工がいて、ねんごろの仲となり、ある日通ってきたその男に「お子が出来た・・」と話したその日から・・つづく



