677

「養心の会」にほぼ毎回瀬高町からはるばるやってくる(片道2時間近くかかるのでは)勉強家の平田哲也さんから、毎月楽しみにしている「矢部川新聞」が、今月は遅いなぁと思っていたら、やっと昨日届いて「なる~ほど」と理解できた。同居の義理のお母様が一月十八日に亡くなられ、悲しみの中での執筆は大変だっただろうと思う。義母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。死は必定とは言うものの、身内の別れほど悲しく辛いものはない。彼は体育の先生のようにスッキリとした湯上がりのような顔で、いかにもスポーツマンらしい好男子である。笑顔がとてもいい。高校時代は野球をしていたというからなおさら親しみが湧く。3人のお嬢さんと、義父さんと、おばあちゃんと4世代同居のマスオさん的存在だが、とても心優しい人柄で、いつも笑い声が絶えない暖かな家族の風景が、この通信で伝わってくる。


(28日朝6時撮影)

その義母さまは、23年間もの長きにわたっての闘病生活の果てに天国へ召されたのである。享年65歳。人生の1/3が闘病生活だ。42歳の時に脳腫瘍を宣告され入退院を繰り返す日々だった。小中学校の先生として20年間教鞭を執り、誰からも尊敬される素晴らしい方だったようだ。お父様を戦争で失い、一度も父親の顔を見たこともなく、一人っ子で親戚も少ない中で天に還って逝かれた。親戚のおじさんが「まさみが亡くなったのは仕方がない・・・。まさみは、よくがんばったから・・・。でも、まさみの人生が、かわいそう・・・」と号泣されていたそうだ。長い長い闘病生活にピリオドを打ったことには、「本当にご苦労さまでした、よく頑張ったね」と皆が口をそろえていたと思います、と語っている。



この闘病生活が、百年、二百年とエンドレスな状態なら、まさに“苦行”の蟻地獄と思っています。この世の終わりとは、言い換えれば「神様から頂く最も尊い贈り物」なのかもしれません。また逆に看取る側にとってみれば、この世の生活・生き方に対して、しっかり原点に戻って考えなさい、という瞬間かもしれません。いのちの時間・尊さ・家族のあり方・普通というありがたさなど、数え切れない気づきを頂きます。と、語っている。彼はまだ若いお父さんだが、実によく勉強され心の修行もされていて、このような気づきを語れるとは、誠に恐れ入る。おいらが彼くらいの年頃は遊び回ってとんでもない人生を送っていた。穴があったら入りたいくらいだ。本当におっしゃる通りである。とくに「普通」ということへの気づきは凄いと思う。なかなかそうは思えない。しかし「普通」ということでいられることが「普通」ではなく奇跡の連続だということである。・・・続く