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「あおき~」ことマスターは、クラブの店長時代に「(てん)()()・小竹」がえらく気に入って通い出した。将来のことを考えて飲食業をしたかったので、「マスター、僕に天ぷらを教えてくれませんか??」「君が真剣に取り組み店を持つのだったら教えてあげよう」と言うことで修行が始まった。クラブを終えて毎日修行に通ったそうだ。「教えてもらう過程でのめり込んでいきました」という。天ぷらは加工したり味付けしたりしないから作業が単純なので、「うまい」「うまくない」がすぐ分かる。そして修正が利かないから一発勝負という。そこに惚れ込んでいったそうだ。紺屋町の歓楽街のど真ん中。一年目は瀕死の状態だったが、止めたいとは思わなかった。どうしたら続けていけるだろうかを、来る日も来る日も考えたそうだ。そしてある日「(てん)(ちゃ)(天ぷらの茶漬け)」の注文が三杯あった。それをヒントに天茶セットを思いつきじわじわファンが増えて4年が経ったそうだ。素晴らしい生き様に感動した。





98日に桜ガーデンで父の50回祭をしたが、そのとき小竹の渡辺さんに出張料理をお願いしたときに、親方について弟子の「あおき~」さんが手伝ってくれたのであるが、彼はおいらのことを覚えていてくれた。「山下さん、たしか野球をされていませんでしたか?」「なんで??」「僕昔聞いていたんです。僕は佐賀の高校の県大会で準決勝で負け東芝に入ったんです。東芝で(ぜん)(なん)のチームで野球をやっていて、会社では写真部に入っていたんです。そのときFさんにハンティングされて、Fさんの会社に入ったんです。いろいろあり水商売に入って十数年経って天ぷらに行き着いたんです」。「なに~、Fさん?、なが~いお付き合いだよ」またもや【世間は狭し】だ。で、彼の姉は東芝のソフトボールの全日本級のエースだった。その弟なのである。「なに~、あの青チャンの弟??」「ハイ、そうです・・」「よく知ってるよ。子供たちが阿部ちゃんと青ちゃんにお世話になったもんねえ」。何とも【世間は狭し】過ぎるではないか。こんな出会いが待っていようとは・・人生面白いね。まじめに生きんとえらいことになりまっせ、本当に。