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6・14のつづき

今から26年前の37日、ついに待望の開会式を迎える。しかも小倉球場を借り切って。

おいらが式次第から司会まですべてをこなしていかなければならない。人生で初めての経験である。大新聞社をスポンサーに付け、翌日の新聞には大々的に報道される。絶対にミスは許されない。準備万端当日の朝を迎え、天候にも恵まれ無事開会式の運びとなる。これでまずは一安心。保険の代理店を始めてまだ5年しか経っていないので軌道に乗っているわけではないが、とにかくやり出したら成功するまでやらないと氣が済まない質だから、がむしゃらだった。とにかく野球優先の人生だった。家庭よりも何よりもすべてを優先して野球一筋だった。


(開会式の司会進行役)         (副会長星野けんちゃんの開会宣言)

しかし早朝野球連盟を脱退して新たなリーグを結成したのだから元の役員連中の腹は納まらない。「この裏切り者めが・・」と相当非難された。おいらの名前が北九州中に広まった。「裏切り者」の汚名の元に。しかしそんなことを氣にしていては何も改革はできっこない。政治の世界でもそうだ。自民党から小沢さんたちが出たから自民党も変わったし??、国民も「変わる」と大いに期待をした。まあその後の舵取りがまずかったので、時代を変えるまでには到らなかったが、可能性が無くなったわけではない。どう国民に分かりやすい政治を提供するかにかかっていると思う。「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」ではないが、どんなに非難中傷されてもやるときはやらねばならぬ。おかげと言ってはなんだが、その後早野連も相当改革が進み風通しが良くなったようだ。やがておいらがとった行動に賛同してくれる人達も現れるようになるのである。いずれ面白い展開になるのであるが、当分は悪戦苦闘が続くことに・・・



(井上慎一郎会長挨拶)      (読売新聞西部本社藤丸忠茂社会部部長挨拶)

いざ立ち上げたら最後まで潰すわけにはいかない。その為にはどんなに辛いことでも乗り越えていかなければならなかった。自ら困難を背負い込むのはおいらの運命なのか。いつもそうだ、決して懲りることはない。ここがバカと言われる所以だろう。何よりもグランド確保が最重要課題だった。中学校のグランドをなんとか借りることが出来たが、それを維持していくことがとても大変だった。とにかく学生たちが使う大事なグランドだから絶対に汚してはいけない。「来たときよりきれいにして帰る」が至上命題だった。その管理が一番大変だった。・・・つづく