374号
まだ完全に回復していないうちに結婚式などで一寸疲労が重なったのか??えらくきつがっていたので、4日ぶりに横溝さんちの抗酸化陶板浴に連れていったら、今朝はまた元氣に朝食の用意をしてくれた。当分の間陶板浴を続けて完全に元氣を取り戻してもらわないと・・・《一家の大黒柱は主婦なり》
今日の昼食は、毎年恒例の町内の公園で櫻を愛でながら社内花見大会だが、生憎花曇り。急遽チャーリーおじさんの喫茶店へお弁当を持ち込み女性軍5人で楽しんだようだ。留守番がいるのでおいらはいつも留守番役だ。ありがたいことです。
(美味しかったお花見弁当) (金比羅池を背景にあったかな店内でご機嫌さん)
3/31・Play base ball44のつづき
そのカズトモの遺言が「選挙に出り!!」だった。平成元年(昭和64年)1月29日に市議会議員選挙が行われる。野球連盟の役員たちや一部のジャーナリストから「選挙に出ませんか」とけしかけられ、カズトモの別れの言葉が妙に頭に引っかかり「あいつの遺言だから出てみるか」と、金もないし勝つ見込みも全くなかったが、腹を決めた。ところが連盟の役員の連中はある国会議員の秘書の謀略に載って、おいらの居ないところで密談を重ねていたようだ。「出て下さい」と言った連中が突然挙って反旗を翻した。中にはどうにも動けない者も出て沈黙を保つ。それを受けて一度は断念をした。ところがその氣になっているボランティアの人たちから「そんなことでどうする!!」と、叱咤激励され苦渋の選択を迫られる。超ワンマンと独善のおいらが、人生で最も悩み苦しんだときだった。年末ギリギリのことだった。有志の「最後までついて行く」の言葉に決断することに。
(昭和55年、王貞治、野村克也が引退。一時代を築いた英雄たち)



