週刊フナイ新年号に「死生学」というコーナーが出ていた。

いかに良く生きよく死ぬか? を学問的に系統だてたのが上智大学のアルフォンス・デーケン教授だ。氏は「生死観」を確立し豊かなシニアライフを過ごすに当たって6ツの提案をされている

手放す心を持つこと・・・過去の業績や肩書きに対するこだわりを捨て、新たな出発のために積極的に生きること。

許しと和解・・・過去にあったトラブルに対して、許し許される努力をすること。

感謝の表明・・・これまでの人生を振り返るといかに多くの人々に支えられてきたかがよく解る。それに対して「ありがとう」と言えること。

さようならを告げること・・・死は旅立ちなので、別れの挨拶をきちんとする。

遺言状を作成すること・・・遺される人への心配りをし、責任を果たさなければならない。

自分なりの葬儀方法を考え周囲に伝えておくこと。生前葬儀予約など。


(今年も元氣に咲いてくれたカニサボテン)   (去年の寒さで枯れかかっていた幸福の木が見事に蘇生)

死はシニアだけのものではなく、すべての人々にすべての機会に平等にやってくる。

死亡率100%。これだけは例外というものがない。早くからその心構え準備をしていると人生を有意義に充実して生きることが出きる、と記載されていた。

なかなか興味深い記事である。そう言えば、先日テレビで95才の現役医師・日野原重明先生が「時間とは寿命である」と話されていて、面白い考えだなあと思った。

先生は「だから時間を有効に使わないと寿命を縮めている計算になる」と解説されていた。

「な~るほど・・」 人生とは生まれて死ぬまでの時間をさすと聞いたことがあるが、この時間(寿命)だけは誰にも予測できない。神様だけしか判らない。ひょっとしたら神様だけがお決めになっているのかも知れない。ある説では、人間は生まれてきたときに既に死のときも決められている、要するにシナリオ通りに生かされ生きている、と。これも当たっているようだ。

毎日毎分毎秒ごとに1/2ずつ死の確率に立たされている。そして確実に死に向かってひた走っていることだけは絶対にマチガイナイ! 誰しも生きていることが当たり前と思っているが、命に直結する呼吸でさえ、いちいち意識し感謝している者は誰一人としていない。「今」しかない。「今」を大事にありがたく生き抜こう。ありがたい、有り難い、ありがとうございます。