僕には有難い事に付き合っている女性がいます。
その彼女とは文化祭の準備中に仲良くなりました。お互い話しやすかったということで意気投合したという感じです。(ざっと言うとこんな感じ)



有難い事にデートというものも経験しました。
生意気かもしれませんが、この性格なので楽しいが100%だったことは正直少なかったです。



例えば、だいぶ前に渋谷に行った時。渋谷スカイというところに行ったんですけど、正直楽しめませんでした。別に喧嘩をしたとかそういう訳ではないんですが、僕は周りの人達よりも自意識が強いので、同じ場所に居る他の人達の目が怖いんです。
いわゆるデートスポットに行ったことのない僕は怯えていました。「自分の不得意な人達の中に紛れている」という事実に押しつぶされそうになりました。「渋谷」という場所。字面だけで吐き気がしていました。高校在学中はいわゆる「陰キャラ」だったので、渋谷という場所にいる自分が恥ずかしくて仕方がありませんでした。



でも、「付き合ってください」と言ったのは僕です。彼女が欲しいと思っていたのも事実です。そして自分という存在を無償で認めてくれる女性がいるという事実はこの上なく嬉しいのも事実です。きっと彼女が出来れば、僕もなにか変わるのではないか、人生が楽しくなるんじゃないか、そう思っていました。



実際は、楽しいことだけではありません。自意識と彼女の気持ちに挟まれて、頭をかきむしるような思いになることは頻繁にあるし、出かけたいという彼女の思いとは裏腹に人目に晒される自分が怖くて上手く返事できないこともあります。



僕はこんな自分が大嫌いです。
いつも人目を気にして、遠慮して、勝手に溜め込んで。変わろうとする努力すら自分に阻まれる。



「付き合ってください」という言葉の意味はなんだろうと最近考えることが多いです。遊びに「付き合ってください」なのか。一緒にいることに「付き合ってください」なのか。自分の価値観に「付き合ってください」なのか。
噛み砕いて答えを出さないまま僕は「付き合ってください」と言ってしまったのは後悔しています。(彼女と付き合えたことに後悔はしていません)



恋愛をすれば人は変わるとよく言いますがそんなのは全員には当てはまらないと思います。当てはまるような人はきっと僕よりそもそも人間のポテンシャルが高い人で、自分より気持ちが成熟した人だけだと思っています。



女性と付き合えているのに、ここに書いたような卑屈で正直でダサい気持ちを伝えきれないのは男として失格なんだと思います。ダサい。絶対。



彼女の知らないところで、ましてやブログなんかで気持ちを吐露する。ダメだろ。



ネガティブな感情はいつか彼女に相談してみよう。プライドはそろそろ捨てる時期かもしれない。



一旦考え事はやめてみるか。
お茶を注ごう。
(拙すぎる文章でごめんなさい)