せっかくなんで・・・。 | 但馬の小京都 出石  手打ち皿蕎麦『入佐屋』の瓦版

せっかくなんで・・・。

今日、アッシがボランティアガイドの出番だす。


Am11:15~約1時間のご案内。


がーんしまった~~!


昼から小・中学校の家庭訪問で先生がウチに来るあせる


中学は給食があって昼からも授業やけど、小学校は給食なしで帰ってくるんやった~!


土、日、月曜日はあっても、火~金曜日はまだ一度もボランティアガイドが案内したことがない!って言うから、今日もないかなぁ~。


せっかく覚えたからちょいとUPアップ


えぇ~、ここ但馬の小京都と言われる出石町は、人口1万2千人弱の小さな町です。


古くは、古事記日本書紀にもその名が登場し、新羅の王 天日槍(あめのひぼこ)が入江湖だった但馬を瀬戸の岩山を切り開いて、陸地に変えたと考えられています。


室町~戦国時代には、但馬守護だった山名氏が城を築き、応仁の乱を起こした山名宗前はここ、出石の此隅山城(このすみやまじょう)より出陣しました。


残念ながら、信長の命により、秀吉の攻撃で城は落城ダウン


再び此の隅山から南に2k離れた有子山に山城(現在の出石城跡)を再建しましたが、ここも秀吉に爆弾攻められてしまいます。


但馬の小京都 出石  手打ち皿蕎麦『入佐屋』の瓦版-2009.4.16

その後、細川氏が1代、小出氏が9代、松平氏1代、と城主は代わります。


小出氏の城主の時に山城を降ろし、今の様な碁盤の目の町並みが整備され、城下町として栄えます。


松平氏は、信州上田の城主仙石氏とお国替えになり、その時信州より蕎麦職人を一緒に連れて来た事から蕎麦切りの技法が伝えたれました。


仙石家は明治の廃藩置県まで11代続きます。


お家騒動の仙石騒動が有名ですが、長くなるからこれはまた今度に致しましょう。


苦笑まぁ~ざっとですが、こんな町でございます。

但馬の小京都 出石  手打ち皿蕎麦『入佐屋』の瓦版-090406_083920_ed.jpg

顔よろしければ、一度お越し下さいませ音譜