その昔・・・。 | 但馬の小京都 出石  手打ち皿蕎麦『入佐屋』の瓦版

その昔・・・。

出石には古語りに伝えられてきた伝説が多く残っています。
日本最古の書物 『古事記』の中には、新羅の國から渡来してきた 天日槍(あめのひぼこ)伝説 があります。
記録によると、約1万年前の出石は、円山川から出石川に沿って日本海が深く入り込んだ 入江湖 だったと考えられています。 天日槍が瀬戸の岩山を切り開いて、入り江だった但馬を陸地に変えたとしています。 
そして、この 天日槍 は出石神社の祭神であると同時に但馬開拓の神様として古くから人々に信仰されてきました。
其の後、この地に人々が住み始めたのが数千年前の縄文時代。
遺跡も多く残っており、出石神社の近くにある 袴狭遺跡、入佐山の茶臼山古墳 などを初め400基が確認されています。
 袴狭遺跡は役所跡で、出土したものの中に、『秦』と云う姓の書かれた土器や木簡が多く出てきました。 この事から、当時の高官が 秦氏 と云う一族だったとして考えられています。 そしてこの『秦氏』は韓国(新羅)の渡来系移民と云われてます。
これらの事や天日槍伝説などにちなんで、出石町は平成3年に韓国(新羅の國)の慶州市と友好親善交流宣言をしました。
そして毎年韓国から多くの交換留学生を迎えます。 今年も慶州の小学生が来ましたし、昨年の7月には出石町の子供たちも韓国へと行っています。