東京から山梨に移ったころ、
妻が「ヤギを飼ってみたい」と言い出した。
まわりの畑は、
耕作する人がいなくなり雑草だらけ。
ヤギは雑草を食べてくれる。
うちがヤギを飼ってまわりの畑の草を食べさせれば、
少しは村に貢献できるのではないかという発想だった。
しかし、
どうやって飼えばいいかもわからないし、
飼うスペースやヤギが住む小屋はどうするのか、
まったく決まっていない。
まあ、実際に飼うとなると難しい話だなと思ったけれども、
ヤギに興味があったので、
とりあえず、どんなふうにヤギを飼っているのか、
見に行くかということになった。
SNSや知り合いの情報をもとに、
「ちょっと行ってみようか」と決めたのが、
長野県のT果樹園。
ヤギやニワトリを飼っているとの話だった。
2時間くらい高速道路を走り、
インターを降りてから、
山道を1時間ほど走った。
春だったと思うが、
けっこう標高は高くて、
道路にはまだ雪が残っていた。
古民家を改装した立派な自宅があり、
その横に、
ビニールハウスを利用したヤギ舎があった。
入り口を入ると、
裏にも出入り口があって、
そこからはヤギが自由に外に行けるようになっている。
外は、たぶん柵はあるのだと思うが、
広い放牧地となっていた。
昼間、ヤギたちは自由に山の中に入ってエサを食べる。
夕方には勝手にビニールハウスに帰ってくるのだろう。
ぼくたちが見学に行ったときには、
4頭のヤギがハウスの中でのんびりしていた。
体の大きなお父さんヤギ、
細身のお母さんヤギ、
子ヤギが2頭。
妻と次女とぼくと、
ヤギさんを見ながら飼い主のTさんにいろいろ話を聞いた。
「いずれヤギを飼いたいと思っているのですが」
「いずれ」と「思っている」を強調した。
飼うとしても数年後の話だ。
すると、
妻がいきなり言った。
「あの茶色いヤギさん、美人さんですね。おいくらですか?」
「えっ」
妻の顔を見た。
真剣な目の先に1頭の子ヤギがいた。
妻のひとめぼれだった。
茶色い毛色で、顔の輪郭が白く囲われている、
これまであまり見たことのないヤギさんだ。
その日のうちに交渉が成立。
ぴょんぴょんという名前の女の子はうちに来ることになったのだ。
「どこで飼うの?」
「かわいかったんだもの。何とかなるわよ」
妻は、
いつもは先をしっかりと読んで、
十分に準備ができて、
大丈夫だと思えてからだと動かない。
ところが、
どきどき、思い切った行動をすることがある。
2019年から20年、21年は、
その行動が目立った。
節目のときに動く。
いや、彼女が動くと節目になるのか。
結局、
彼女が主体になって、
ぴょんぴょんがうちへ来て、
2頭、3頭、4頭と増え、
今は6頭のヤギ飼いになったのだ。
妻の思い切りがなければ、
ヤギを飼うこともなっただろう。
今の生活もない。
じっと閉じこもっていると、
昨日と同じような今日を生きることになるが、
ちょっとした行動が、
昨日とはまったく違う今日になったりする。
肉体的にはちょっとハードな今日この頃だが、
ぼくは良かったと思っている。
妻も3人の娘も、
今を十分に楽しんでいる。
ヤギさんのおかげだ。





