ピンク薔薇毒親育ちの生きづらさをバネに

自律する女性の夢を叶えるピンク薔薇

 


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毒母の父である、祖父の話です。


祖父は、香川で生まれ育ち、
私が7歳、小学校一年の時に
亡くなりました。


とても、優しくて、
ユーモアあふれる人でした。


たった7年間とは思えないくらい、
たくさんの思い出があります。


祖父は、祖母を伴い、
たびたび、香川から大阪のわが家に
遊びに来てくれました。


私が学校から帰ると、
ベッドのところに隠れていて、
驚かせるなど、お茶目な人でしたおねがい


その祖父…
若い頃に、農作業をしている最中に、
誤ってチェーンソーで
利き手の右腕を失ってしまいました。


その頃の落ち込みようは、
見ていられなかったと
母から聞かされていました。


月日が経過していることもあってか、
私たちには、悲しい素振りは見せず、
片腕の有無に関係なく、
いろんなことにチャレンジしていました。


【祖父母とお詣り】
右手の袖は常にポケットに入れていました。

アコーディオン🪗を演奏したり、
片手でも運転できる車を運転したり、
なんの不自由も感じないどころか、
イキイキした人でした。


祖父の影響もあり、私も小学生の時、
アコーディオンにチャレンジしました。


影響力があると言うか、
今も、私の心の中では生き続けています。


亡くなる直前の夏休み船


祖父の部屋に私だけ呼ばれ、
小1の私に向かって、

「みこの花嫁姿は見れそうにないの。
 それだけが心残りやの」
(文の終わりに『の』が着くのは祖父の方言です)

と言いました。


命の灯火が消えそうで、
涙があふれましたえーん


その2か月後、
祖父はこの世を去りました。


亡くなっている人を初めて見たのが
祖父でした。


その姿はとてもキレイで、
眠っているだけのようで、
なんで、鼻の中にモコモコのん
詰めてんねやろ?とか思っていました。


火葬場に行って、
最期のお別れと言われても、
全くピンときませんでした。


ところがその時、突然母は取り乱し、
大声で泣き叫びました。


何が起こったかわからず、
怖くて母のそばには近寄れませんでした。


祖父宅に戻り、叔母たちから、
祖父は5人兄妹の中でも、
真ん中の母を一番可愛がっていたから、
母の別れの辛さもひとしおなんだと
聞かされました。


5人兄妹の中で、母だけが
香川から出ていたので、
気にかけて、私たち孫も
たくさん愛情を注いでもらえました。


そんな、愛があふれる祖父に、
聞きたくて仕方ないことがあり、
ここ数年、心の中で、
よく話しかけています。



つづく。




本日も最後までお読みいただき

ありがとうございます照れ



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