マイナス思考


うちの母は、揺るぎなく悲観的で、その上に明るい笑顔を着ているような、少し複雑な人です。
母を見ていると、明るいのと悲観的は相反しないのだと思います。

家族ですから、悲観的なのも含めて丸ごと母です。当然人格を否定したりはしません。
でも、本人は生きづらいことなかったのかな。
たいへんな人生だったんじゃないかなとは思います。

もちろん本人はネガティブだなんて思っていません。
それどころか明るいひょうきんものだとの自覚があり、よくノリツッコミとかしています。

さて、このところ、猫が具合悪くて心配で仕方なくて、しょんぼりな私に母は猫が死ぬ話ばかりします。


寿命を全うするんだとか
幸せな猫だったとか
そういえば目がどろっとしているとか
そういえば毛並みが悪いとか
だいぶ痩せたとか
動物は無理な治療より自然に死ぬのがいいとか
あなたの病気を持っていってくれるんだよとか


この最後の言葉の途中で
「縁起悪いことばかり言わないで!」ムキー流石にカンカンな私。
しかし、とうとう隙を見て最後まで言い切りました。

それ言って何になる?
何故わざわざ言う?

ここでかける言葉は 
「大丈夫、治る」の一択でしょう。

母は全くマイナスな話ではないつもりなんです、話のお尻で、幸せだった話にまとめて、良い話にしてると思っている。
だから必ず最後まで話します。

昔、児童文学の講座を受けていたのですが、その受講内容で印象深いものがあります。(前にも書いていたらすみません)

ギリシャ神話の講義だったか、どうして人に神話(物語)が必要かという話です。

若い娘が死にました。
両親は悲しくて心を立て直すことができません。
神様、娘はまだ若く美しくこれからの夢もたくさんあったのに!
何故死んだのですか?

これに対して

心臓麻痺です。
という答えは正しくはあっても両親にとっては不正解です。

娘はあまりにも美しかったので、ゼウスに気に入られて神々の花嫁として天界に連れていかれたのですよ。

これが、傷心の両親の心を辛うじて癒す正しい答えです。

現実なんて何の慰めにもならない。



幸せなことに、猫の方はまたまた復活してくれています。いつ何があるか分からない状態ではありますが、元気です。
マイナスオーラに負けない強いプラスオーラを張り巡らし、まだまだがんばります。