こんにちは、ゆきむらですニコニコ










前回の続き、そして現在に至りますニコニコ







それからは自宅で私が行う医療ケアの練習が始まった。




次女は自力でおっぱいが飲めないので口からの経管栄養。

注入の仕方や管の交換のやり方を教わった。



あとは鼻に呼吸器もついているのでその扱い方。空気がお腹にたまりやすいのでお腹を楽にしてあげるための浣腸のやり方。

心臓の負担を減らすための利尿剤が始まったので内服のやり方。





医療ケアなんて何にもしたことのない私だけど、やればできる!の精神で覚えた。

始まってもう何週間かたつけど、そこまで不安ないくらいにはできるようになったと思う照れ




そして医療ケアを教わり始めたばかりの生後1ヶ月すぎくらいに、NICUからGCUに移ることになった。


まだちゃんと医療ケアができる前にGCUに移ったので、こっちでも聞きながらやってた。







もうすぐ退院しますおねがい


最近のブログの内容はつらいことが多かったけど、退院が決まってからは私はあまり泣くこともなく、結構前向きに過ごせていますニコニコ



今は次女が帰ってきて家族で過ごす時間をとても楽しみにワクワク待っていますラブ

でもちゃんとお世話できるかちょっとの不安も抱えつつ。




訪問看護さんなどもきてくれるし、周りに助けてもらいながら頑張ってみますニコニコ

こんにちは、ゆきむらですニコニコ









前回の続きです。






その日は18トリソミーだったこと、心臓の手術はできないこと、今は人工呼吸器を入れて落ち着いていることを伝えられて終わった。



帰りは空も暗くなり、長女が食べたいと行ってたマックを買って、家で待ってる長女と長男と私の実母のもとに帰った。



子どもたちの前では泣くわけにいかないし、産後子どもたちと久しぶりの対面に私も嬉しかったニコニコ

  














それからのこと、あまり詳しく覚えていなくて(しんどかったのと、短い期間にいろんなことがあったのと、今が忙しすぎるので)ざっくり書きます。













それから数日して、今後どうするかを決めることになった。

夫婦で話し合い、先生とも話し合った。




もう先が長くないとわかっているのなら、うちに連れて帰って家族で一緒に過ごしたいと先生に伝えた。






NICUはコロナの影響で面会時間も短く、両親しか入れないのできょうだいに会わせてあげられないのが悲しかった。


私はできるなら連れて帰りたい、上の子たちと会わせてあげたいってずっと思ってた。




たとえ短い間だとしても、家族5人で暮らしてみんなで楽しい時間を過ごしたい。

妹と一緒に過ごした記憶を少しでも上の子たちに残してあげたい。




夫も同じ気持ちだった。








その時の次女の容態は、胎児エコーの時に予想していたよりは落ち着いていて、その状態をキープしていた。


生後3週間ほどで1度心臓の手術をする予定でいたけど、今は必要なさそうだった。



家に帰るにあたって、その手術をするかしないかを決めることになった。








⚫︎今現状その手術は必要ない。


⚫︎その先の手術に進めないと決まっているので、治療ではなく延命目的の手術になる。


⚫︎だけど手術をしたところでどれくらい延命できるかは未知。手術をすることで回復までにも時間がかかり、退院も先延ばしになる。そして術後の経過が良いとは限らない。


⚫︎先生の意見も、次女にとっては手術しないで帰る方が良い気がする。





うちの意見としては、できるだけ次女に痛い思いをさせたくないという夫の気持ちが強かった。






上記のいろいろなことを踏まえて考えて、手術はしないで退院を目指すことに決めた。





そう決まってからは、病院側も退院に向けて準備を始めてくれた。










私たち家族は次女を退院させて家での時間を過ごしてから看取ることを選択した。




こんにちは、ゆきむらですニコニコ











 

前回の続きです。








退院日当日の午前中、夫の迎えで無事退院。


その足で役所に出生届を出しに行ったニコニコ





もう名前はそこそこ前から決まっていたので、すんなりと手続きは終了。


次女の名前が戸籍に増えたのがとても嬉しかったおねがいラブラブ





一度家に帰り、昼食後2人でまた病院に戻る。


遺伝子検査の結果と心臓についてを主治医からと循環器の先生から話を聞くことになっていた。












病院についてお部屋に通されると、まずは循環器の先生から心疾患についての話をされた。


こちらの病院に転院になってからの胎児心エコーで診断を受けた通りの結果だった。





⚫︎心臓のとある血管の作りが通常と違う作りになっていること(詳しい病名は伏せさせてください)がメインの心疾患である


⚫︎左室が小さいことと、弁の位置が悪く狭い


⚫︎生まれるまでになくなるはずの左上大静脈が残っている


⚫︎その結果、今のままだと追々肺にばかり血流が行きすぎて全身に酸素が行き渡りにくくチアノーゼを起こしたり、心不全につながることがあるので、このままの状態では生きていけない




こんな感じでいくつもの心疾患がありました。






治療法としては、体重を増やしながら段階を踏んで数回の手術をし、最終的には右室を使って単心室で血液を循環させるための手術をするという方針。



ここまでの話は妊娠中に言われていたこととほぼ同じでした。










一通り心臓の話が終わり、主治医の小児科の先生からの話に移った。





⚫︎小脳が小さめである


⚫︎耳の位置が低い


⚫︎人差し指の重なり


⚫︎扁平な足の裏






以上の症状があり遺伝子検査をしたところ、次女は18トリソミーだということがわかった。




18トリソミーとは








 


私が調べてたどり着いた染色体異常と同じだった。


18トリソミーはなんとなく知っていたけど、詳しくは知らなかった。


調べてみると、そもそも生まれてくることも珍しく、ほとんどが流産になったり、または死産になることもあるそう。





調べるほどに予後は悪く、1歳まで生存できる子は10%未満だと書いてあった。

そして多くの子が何かしら内臓疾患を抱えて、心疾患を持って生まれてくる子がほとんどみたい。



ただ、この情報は古く、主治医が教えてくれたことによると医療の進化により人工呼吸器をつけたりなど医療行為を受けて現在では25%まで上がっているらしかった。








アメブロでもいろいろ調べた中に、18トリソミーで現在もお家で暮らしている成長中のお子さんがいることも知っていた。



だが次女の抱える心疾患は重く、18トリソミーで同じ心疾患の子はほとんどいないらしかった。





そして18トリソミーで単心室循環にする手術を受けた前例はなく、そもそも体が小さく成長もゆっくりだし単心室循環が成り立たないから手術ができないと言われた










、、、手術もできない。治す術がない。

いつとはわからないけど、きっと1歳になる前に、もしかしたらもっと早くに次女は死んでしまうんだ。




18トリソミーかもって気づいた時点で命が短いとわかっていたけど、先生たちの口から聞いたら本当なんだなと実感して、話を聞きながら夫婦で泣いた。






せっかく生まれてきたのに、死んじゃうんだ、、

すごく苦しくてつらかった。