第二弾は立命館大学です!

立命館大学は関西では関関同立の一派と呼ばれ、難関私立大学で有名です。立命館大学の日本史は比較的難易度が高いと知られていますねガーン

今回は2026年、つまり最新年度の過去問の解説になります!今年受験した方も来年以降受験しようと思っている方も復習に利用していただけると幸いです。

 

問題は著作権の都合上掲載しておりません。もちろん赤本を買うのが一番ですが、入試問題と解答は東進の大学入試問題過去問データベースを活用することがおすすめです!(ただし解説はついていない場合がほとんど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは大問1の解説をしていきますね!!

 

大問1

 

古墳時代から奈良時代あたりの政治史・政治制度が問われています。想像しづらく覚えるのが難しいですし、史料問題ややや細かい知識が問われている個所もありますが、しっかり復習していきましょう!!

 

a 倭の五王に該当する天皇に関する問題ですね。この問題は当てはまらないものを考える方が分かりやすいと思います。欽明天皇は加耶諸国が滅亡した(562年)時の天皇、つまり6世紀ごろの天皇です。蘇我氏が台頭してきた時期ですね。一方で、倭の五王が活躍したのは5世紀。時代にずれがありますので、答えは欽明天皇になります。倭の五王とその該当する天皇に関して、特に讃・珍には様々な学説があります。武が雄略天皇に該当するというのは有名な話ですが、まとめると以下の通りです。

 

讃 応神天皇、仁徳天皇、履中天皇

珍 仁徳天皇、反正天皇

済 允恭天皇

興 安康天皇

武 雄略天皇

 

済・興・武はほぼ上記の天皇に該当すると考えられておりますので、漢字で書けるように覚えておきましょう。

 

b 答えは氏上です。これは覚えておくしかないですね。ちなみに平安時代になると、氏長者と呼ばれるようになったりします。

 

c 姓(かばね)ですから、家柄や地位を示す称号のようなものです。正直これも覚えておくしかないです。

 

有力豪族(中央の政治にかかわる) (葛城氏、蘇我氏、平群氏など)・(大伴氏、物部氏など)

有力地方豪族 

地方豪族 直(あたい)

 

主な姓をまとめますとこのようになります。答えは最後の直になります。なかなか細かい問題ですが、政治制度は緻密に覚えておくことをお勧めします。

 

d なかなか難しいです。正直私もわかりませんでした滝汗ですが、こういう問題は推測で解くことができます。まず人物名は地名由来だったり、地名が影響したりしていますので、山陽道付近の情勢に目を向けましょう。古墳時代に有力な豪族だったわけですから、大きな古墳があると予測できますので、山陽道付近の古墳を思い浮かべますと、造山古墳(岡山県)を想起できます。当時の地名でいうと吉備ですね。したがって吉備と推測することができます。いきなりこのような考え方に至るのは難しいですから、問題演習を積んで思考力を鍛えていきましょう。

 

e 継体天皇を擁立したのは大伴金村なので、答えは大伴金村です。これは知識として覚えておいた方がいいでしょう。大伴金村が百済から賄賂をもらい、加耶西部を百済に割譲したことが問題視(加耶諸国はこの後滅亡していきます)され、大伴氏は勢力を失っていきました。その後台頭したのが蘇我氏ですね。

 

f 7世紀における位階制の発端となる制度の事ですから、聖徳太子らが定めた冠位十二階が挙げられますね。聖徳太子の時代のことだと想像できれば解ける問題ですから、正解したいところです。

 

g 問題文を見るだけだと小野妹子のことだと思いつくのが難しいですが、選択肢を見ているうちにわかってくると思います。特に、選択肢は教科書にも掲載されている内容なので、正解だと気づきたいですね。小野妹子は遣隋使として活躍しましたが、初めての遣唐使は犬上御田鍬であることを思い出せれば、は間違いだと気づけるのではないでしょうか。ちなみにに関しては、返答使として隋から裴世清が派遣された話は、このレベルの大学を受験するなら覚えておいてほしいですが、返書を紛失したは知らない人も多いでしょう。百済人に略奪されたと言われています。

 

h 公地公民制を目指して、戸籍・計帳や班田収授が導入されたのは大化の改新時の出来事ですね。したがって、改新の詔が正解になります。改新の詔は教科書や資料集に必ず掲載されていると思いますので、初めの4条ぐらいは内容を暗記しておくことをお勧めします。ちなみに、憲法十七条は役人の心構えが書かれている、聖徳太子が政治を握っている時に制定された初めての憲法、大宝令は701年に律令制度の整備化のために定められた律令(現存しません)、飛鳥浄御原令は持統天皇が定めた令です。(現存しません)

 

i 庚寅年藉を作成したのは、持統天皇です。hの解説でも言いましたが、飛鳥浄御原令を制定したり、また飛鳥浄御原宮から藤原京に遷都したりしています。ちなみに、庚午年藉は、天智天皇が作成した最初の戸籍ですね。

 

j 少丁は17~20歳の男性のことを指しますので、この範囲に当てはまる18歳が正解ですね。少丁、正丁、次丁の年齢について再確認しておきましょう。

 

少丁 17~20歳

正丁 21~60歳

次丁 61~65歳

 

どれにあてはまるかによって、税負担も異なってきますので、これを機会にそこも教科書や資料集を使ってチェックしておきましょう!

 

k 税負担等から逃れるために他の地域に移住することを浮浪逃亡と言います。浮浪人は、朝廷に居場所を把握されて調や庸は納めますが、逃亡は、所在不明で当然税も納めません。少し細かい知識ですねガーンこのレベルの大学になってきますと、用語の意味自体や同等に扱われている用語間の意味の違いなどが問われますので、一つ一つ丁寧に確認しておきましょう。

 

l 天平十五年の格というのは、墾田永年私財法のことです。古文調で空欄に入れる語句を想起するのが難しいかもしれませんが、「論ずることなく」とありますので、現代語訳すると言うわけではなくぐらいの意味になると思います。したがって、墾田永年私財法の前の土地に関する法律である、三世一身法を思い出せると思います。したがって、三世一身が答えになります。ある程度答えの方向性は分かっても、具体的に何を入れるのか思いつくのが難しい問題だと感じます。他にも史料問題が出てきますので、普段から古文で書かれた史料に読み慣れておくことも大切ですね。

 

m これは覚えていないと答えられませんね。

私有の賎民 家人私奴婢

官有(公有)の賎民 陵戸(天皇家の墓の守衛)、官戸、公奴婢

 

再確認しておいてくださいね!

 

n 私有の賎民は、良民の3分の1の田畑しか支給されませんでした。ちなみに、良民の女性は良民の男性(2段)の3分の2(=1段120歩)の田畑しか支給されませんでした。これらの知識を使った計算問題が出ることもあるので、もう一度チェックしておきましょう!

 

o 奈良時代に陸奥の国に置かれた役所と言えば鎮守府ですね。蝦夷征討のために置かれました。多賀城などと混同しそうですが、多賀城の中に国府と鎮守府がおかれていました。問われているのは「役所」ですから、鎮守府を想起したいですね。

 

これで大問1は終了ですね。どうでしたか~?大問2以降は後日投稿しますね!

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