「今度からお金要りません」
パパ活なのにバカだ。
プロフィールの年収数億円が本当なら、相手にとって私に渡す3万円なんて、3千円程度の感覚だろうに、バカなことを言ったものだ。
彼が今回私にくれた封筒の中のお札が、前回より少なく、そして、使用された旧札3枚だったことが私にそう言わせた。
これまでは新券だったのに。
ピンとした新札、その枚数がどんどん減っていって、使い古された旧札3枚になった。
それが彼にとっての私の評価なのだろうか。
考えずにはいられない。
お金の威力はすごい。
会うのに例え往復3時間かかっても、行ってしまう。
長い長い、長い口での奉仕。
生でやりたがるクソがほとんど。
嫌だと思っている。
だるいと思っている。
デリヘル嬢みたいと思っている。
でも考えている、お金お金お金お金。
たったこれっぽっちのお金と引き換えに私の体を自由にされるのは見合わない。
でも男の人がこれだけのお金を稼ぐのは大変なことなのも分かっている。
だから言えない、イヤだとか痛いとかしたくないとか。
こんなことしてバカみたいと思いながら、やっているのはお金のため?
私が言うこともすることも、見せる表情さえも、全部お金のため?
ああでも、もらったお金は少しも、使っていないじゃない?
欲しかったのはお金?
もらう金額が自分の価値だとでも思っていた?
お金をくれるっていうのでなかったら、きっと誰とも関係を持たなかった。
自分の尊厳を大切にしたい。
お金と引き換えに何かを失うのはやめにしたい。
私の中の純粋な私が、自由でいたい、尊厳を保っていたいと言っている。
踏み込んだパパ活の世界は、得るものよりも失うもののほうが多かった。
パパ活は、やめました。
パパ活を始めてからいつも、薄く靄がかかったような世界にいた。
夫にも不倫の彼にも友達にもご近所さんにも習い事の先生達にもなんならスーパーの店員さんにも、私売春してるんですって、思っていた。
今は靄が晴れている。
空には星が瞬いている。
私の心も澄み切っている。
これからなるのは、無料風俗嬢なのかな。
それならそれも、すぐにやめよう。
ドレッサーの引き出しに仕舞い込んだ、これまでのパパ活でもらったお金は全部、使ってしまおう。
それで私の売春は、なかったことになる?
まさか。
なるわけがないのは分かっている。