待望のセックスフレンドができた。

これでようやく処女とおさらば。お相手は33歳の編集者。

もちろん彼女持ちで、近々結婚したいと思ってるみたい。

ひょうひょうとしててベビーフェイスなのが気に入った。



正直、生まれてはじめて抱かれてもいいと思いました。



好きだから、とかじゃないんですね。これは。

むしろ好きすぎたら恥ずかしくてなかなかできませんて。


ところが彼は1回目でひるみ、2回目で私に警戒した模様。


そりゃーそうだわ。

ベッドの上じゃかなりあることないこと言ったから。


それでもおっぱいに手が伸びてしまうのは男の悲しい性なんでしょーか。


でも人肌はやっぱり偉大です。

向こうも私もお互いたいして好きでもないのに色んなこと出来ちゃうし言えちゃうし。

男と女の因果だな。



今、就職で悩んでいる方々に追い討ちをかけるそら恐ろしい内容である。

 

 

内容は学生が売り手市場であるバブル時代の就活である。

織田裕二、的場浩司、仙道敦子、和久井映見なんかが就活をしている非常に感慨深い映画だ。

東京ラブストーリーの内容が面接で問われるらしい、なんてデマを織田裕二が言いふらす歴史的小ネタもある。内定者の実家が農家だと牛を送った会社もあるそうな。

それに舞台に使われてるのは早稲田大学。主人公の織田裕二は早稲田の社学出身のマス研。

そういうわけで早稲田の学生は見るべき、だと思う。

旧学生会館があったり、プレハブがあったり。もはや資料価値の高い、今では考えられない内容だ。

 

 

今となってはSF級だが、それでも今と変わらない点を発見。

それは

 

自分に自信があるやつが受かる。ということか。

 

 

ラストは結局今と同じような結末を迎える。

 

 

 

あ、あと今でも優秀な学生には逃げられないように毎晩夕飯をおごってくれたりするらしい。

 

 

優秀な人はええの~

「渋谷で働く社長の日記」読みました。

 

泣けると聞いたのでどれどれと思ったところ、これは読み進めるうちに読者が「藤田晋」になってしまうのがわかった。多くの人は4章で有線に買収を持ちかけた話でポロポロしてしまったんじゃないのかな。

 

でも、藤田社長と自分を比べると仕事に対するスタンス、前向きさがまぶしかった。

 

 

24で企業ってことはあと2年か…

 

なっちゃんのCMを観ていて思う。

 

あれは東京で傷ついたなっちゃんが四国かなんかの田舎に帰ると、幼馴染は既に結婚していて…

 

って話。

 

 

 

なっちゃんには故郷がある。

 

 

それって純粋に羨ましい。

 

 

私の故郷は埼玉の新興住宅地の一戸建て。回りには家しかない。

 

 

安野モヨコの漫画で団地が実家である主人公が「これが実家ってへこむよねー」って言ってたのを思い出す。

 

 

 

 

 

 

いよいよ大学3年生。

 

 

 

大学は初々しい空気に包まれている。

 

 

 

私はどうということもなく普通に授業にでている。

 

 

 

ところでアメーバブログってのはあのオキナ恵の旦那がやってるんだね

 

 

 

読んでたら面白かった。ほりえもんのもみてみるべきなんかな

 

ホワイトデーのバイトをしていたときのこと。


仕入れが多すぎたのか売上が前年度の半分もいかず、社員が大量に買い込まねばならない事態になってしまった。
お世辞にも接客に向いてるとは思えない自分に責任の一端があるような気がしてならず、罪悪感から私はちびちびと密かに商品を買っていた。





そこに売り場内で最上にかわいい女の子が現れた。



私は儀礼上13粒525円、つまり1粒40円余の菓子を景気づけに1粒彼女に渡した。




するとどうだろうか。




彼女はそれを食べると「味がしない」だの「趣味が悪い」だのと真顔で仰った。


私はなけなしの金で買った善意の賜物が、無邪気な少女の一言で汚されて大そう傷ついた。言ったあとも、ヘラヘラと微笑だかなんだかわからぬ笑いを浮かべている彼女とはもはや話したくもなくなった。


ハハーン、こいつは検閲にあったことがないな。


そう思うと今度は彼女は置いてけぼりにして、ふと自らの検閲体験をしみじみと思い出していた。私のような女がそのようなことをシラッと言えば非難は必至なのであって、たちまち生きてはいかれないということを私はよく知っていた。これが出自の違いというものか、と悔し涙にくれるまで一瞬であった。



まぁ、そんなことをおくびにも出さず、「ひっど~い」の一言でその場は退散した。



このように私は常に少女の無邪気さに傷つけられているのだ。
無邪気とは残酷な無自覚のこと。まったく勘弁してもらいたい。
持って生まれたモノは全て使うがいい。



どうせたいしたものは持っていないのだから、君が恐縮する筋合いはない。



容姿、血筋、財産、人格、才能。



それを持っていないからといって恥じることはない。



それを持っているからといって威張ることもない。



ただ、持ってるものを存分に使ってでも、



君は存分に生きるべきだ。
今、朝の10時頃から2~3年前にやってた内舘牧子の「年下の男」がTBSで放映されている。


これがほんとに面白い。


人間の二面性をよーく描いている。
これってアテガキなのか。内舘ドラマは配役がすごい。

他人の悪意にも自分の無神経さも気づかないやたら呑気な主人公。
主人公に嫉妬と軽蔑を繰り返すキャリア志向の女友達。
謙虚なフリして恩を押し売りする老人。
若さゆえの無邪気さと若さゆえの傲慢をもつ女子大生。
甲斐性がないなりに妻に嫉妬する中年の夫。


特に高橋克典の育ての親である次郎さん(老人)は役者がいいのか一番好き。
(でも公式サイトで見たらややピンぼけで次郎さんは素で演じているそうだけど)

今日の放送ではこのジジイわざとかどうか高橋克典の父親の形見のワインを
全部ひっくり返してた。


んで、高橋克典がとっても役をわきまえていていいと思う。
とってもリアル。まさに良くも悪くも男って感じだ。


こうみると風吹ジュンが一番つまんないかも。でもいっちばんかわいい。


つまんないのがかわいくて、おもしろいのがかわいくない。




焦点を他人にあてると評価は冷静さを取り戻す。
私はあるHPをみる。


私のような人間が見ることを想定していない、高校時代からの気の置けない仲間内のHP。
気が向いた時、定期的に見るようにしている。
なぜなら、私とかつて恋愛関係になった男がそこに出入りしているからだ。
私は彼を愛していたかはわからないが、それが終わりを告げた時、
私は彼を猛烈に憎んだ。

その彼の今を、私は無意識的にみたいと今でも思っている。


そこには今年の活動の写真が早々upされていた。



一枚目から私の動悸はあがる。



その仲間とは関係ないはずの、私のよく知る女がいた。



その女は私のことは知らないかもしれない。
だが、私はその女がバイトする店で彼女から物を買ったことすらある。
それは、本当に偶然だったけれど、私は平静を装うのに苦労した。
盗み見ては、その女の仕草、服のセンス、喋り方を徹底的に目に焼き付けた。
私と何が違うのか、私はこの程度の女に負けたのか。



これがあの女。




写真の現場には、きっと彼が連れてきたんだろう。
その様子が容易に想像できる。
そういうことが好きな男だった。
私も連れまわされたとき、紹介された男の友人達も写っていた。
私がいるはずだったその場所。



私は無性にその女の写真ばかり探し出す。
プリントして焼きたいくらいだ。




ふざけんな
この女より絶対幸せになってやる。




だが、ふと思う。


これほど憎むこの女の男を、私は本当に愛していたのだろうか。

改めて考えてみても、私はこの男を愛していたとは到底思えない。



愛ではない嫉妬



これは一体なんだろうか。





最近私は著しく閉じている。





それも好んで、自らの意思で閉じようとしている。

3年前の浪人時代とは別の閉じ方だ。
あの時、私は自分の閉じ方に戸惑っていた。
どうしていいかわからなかった。

最近毎日バイトに行っているが、休憩中もひたすら本を読む、帰ったら映画をみる。友達の電話はできるだけ無視。メールも返信せず。
今すごく人付き合いがめんどくさくなっている。そういうことに前向きになれない。


久しぶりに人と飲もうとしたら、予想外に大人数が集まってしまい、その会話を聞くうちにバカバカしくなって帰ってしまった。


「日本人をいかにして政治に関心を向けさせるか」
それがそのときのテーマだった気がする。今時の大学生にしては誠に殊勝な議論である。彼ら自身選ばれし側の人間として心底そう思っているのだろうし、有意義であるかもしれない。



が、私は白けた。



少し前の私ならそこに無理やりにでも首を突っ込んで議論をぶった気がする。
今は成長したからそういう青臭いことはしない、というのではない。
ただ、私が己に嘘をつかず、見栄をはらず、ありのままでいようとするとき、
私に興味がなかっただけのことである。
私にとって政治はその程度のものだったのだ。



今はただひたすら次に読む本や映画を探すことと、自問自答の毎日だ。
こうやって本ばかり読んで内にこもると、人をみても内面ばかり想像してしまう。よくないことも考える。


身近な人の死を想像してそのシナリオを一日中考え続けたりしている。
これはいいことではないんだろうが、今はこうしていたい。