元旦の地震から

もう一年と考えると早かったような。。

 

あるCMで、暑かった一年と。

夏が暑かったのかも忘れてしまうような、

 

 

被災された方々のことを考えると

軽く死にたいと言ってはいけないと思うのだけれど。

でも

決して軽い気持ちではないのもほんとうのところ。

 

生まれながらに生きるのが苦痛というのも

なかなか苦しい。

 

 

母親を喪ったからって、それは治まるものでもなく。

なお一層強まるものだったりする。。。

 

べつに特別好きだったというわけではない。

今で言うなら虐待みたいな家庭環境だった。

優しいと言える人でもなかった。

 

それでも母親というのは、ずるいものだ。

 

愛されようと

家庭での居場所を求め続けた。

 

もう二度と叶うことはなくなった。

 

 

障がい者の母親は、介護される状態になってからも手をつないでくれる人ではなかった。

何度となく触れてる手を振りほどかれた。

 

でも

今年に入ってからときどき離してくれなくなったのは、

やっぱり

どこか苦しかったからとかなのかな。

 

 

「明日は一緒にいられるね」って

おやすみした直後に搬送されちゃった。

 

「一緒に帰ろうね」

「それまでがんばろうね」

って

約束したから。

ずっと帰ってくると思ってたから。

 

後半会いに行かなかったから、

 

おかあさん諦めちゃったのかな。

 

 

突然のことに

現実を認識することばかりで

 

受け入れがたい現実を拒むように

湧きあがってくる感情も拒んで

 

逝かないでも

ありがとうも

言えなかった。

泣くこともできなかった。

 

 

おばあちゃん送ってから10年だよ。

おかあさん早過ぎだよ。

 

年齢で考えると

あと30年弱

わたしひとりで生きていかないといけないじゃん。

そんな自信ないよ。

 

 

あれから

ただ

たんたんと

時をやり過ごして

息しているだけ。

 

覚醒するたびに

背筋がぞくぞくしながら。

 

 

壊れつくすのを

待ってるみたい。

 

 

きっと一生忘れないであろう

わたしの真ん中に石灰化したように

がちごちになってこびりついてる数字

2024

 

 

 

自殺者が出ると

 

報道は

ひとりで抱え込まないで、、、

って

 

決まり文句のように

 

原稿が読まれるけど。

 

 

リア友しかいないFBで

このように投稿したって、

 

 

これが現実じゃん。

 

だから

あの俳優も

あの女優も

ひとりで逝ったんだよ。

 

 

 

 

いやなことも

つらいことも

 

人間のいろんなことも

 

データのように

Delキーで 消せちゃえばいいのに。

 

 

 

存在も