学校に行けなくても大丈夫。 | 現在占い師❣️イロイロあるの元住宅営業の仕事と子育ての毎日 元家売るおばはん

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3男1女の4人の子育てをしながら、
無謀にも注文住宅営業を20年前から
行ったり辞めたりしてる者です。
ついに子供も産み止めしたので、社畜営業としての
ゆる〜い毎日を書き留めております。

おはようございます。
子育てしながら注文住宅営業をさせてもらってます。
いろいろです。

私が中学生の時からイジメで自殺する人がたくさんいた。

よくニュースでやっていた。

私は幼い頃から先生にいじめられていた。

保育園の時の先生から始まり、小学1の時の先生、小学校の時は2年生で転校してから楽しく、6年まで楽しい思い出の方が多い。

中学1年生から入った部活で、先生からイジメを受けた。

本人には全く虐めている気持ちがない。

私の時代は絶対評価が始まった年。

それまで、相対評価だったのでクラスで5が2人など決まっていたらしい。

テストは90点以上でも、授業態度良かったと思う。

だけど2だった数学。

部活の教師の教科も2。

技術しかやらなかった時は3。

家庭科だけの時は2。

500点満点中のテストで420点ほどいつもとっていた。

悪くても390点くらい。

でも私の内申点は40は超えなかった。

少子化だったよ。
今よりは多かったけど、

国語4
数学2
社会5
理科4
英語4
技術家庭2
保健体育2
美術3
これが3年の内申点でした。

私の時代はまだ不登校の初期時代でしたので、3年生の2学期まで学校に行き、高校に行く内申点が出た時点で、1学期分丸々休みました。

私の希望していたところはこの数学2が
影響していけませんでした。

仕方なく、次に行きたいところもなく、むしろ毎日死になかった私は、自殺未遂を繰り返していました。

毒父、毒母は、私の主張も聞かず、先生が、そんなことするはずがない、
先生が生徒を虐めるはずがない。

全て、私の言っていることは間違っている。
私の勘違いだ。
そう言って、私を学校に行かせようと、階段から落としたり、中3の私を全裸にして玄関の外に出したりと、今では逮捕レベルの虐待を繰り返しました。

行きたくもない高校を母親の憧れの高校というレベルで受験させられ、合格してしまい、通うことになりましたが、家の中では、何か気にくわないことがあると暴力により解決というような図式が出来上がっていたので、女子のあの陰湿な感じに馴染めず…

その当時少子化の影響で、女子高が男女共学になっているところが多く、私の入った学校も、男女共学になる予定でしたが、私の学年は最後の女子だけの学年でした。

男の子のような育てられ方をして、母は持ち上げないと心が安定せず、父は何かにつけて怒鳴る、殴る、蹴るをされていたので、私はどうしていいかわからない状態でした。

中学3年の3学期丸々と、高校に入ってからは同じ中学から来た中の良くない人に、
「あいつは学校来てなかったくせになんで受かったの?カンニングでもしたの?」
など、イジメの対象となりました。
無視や物がなくなるなんて日常茶飯事。
その度に親に殴られ、怒鳴られ…

私はもう学校に行けなくなりました。
行くところもないので家にいるしかありませんでした。

働かざる者食うべからず。

そう言って、ご飯をもらえなかったので、アルバイトをしました。

自信がないからどこも雇ってくれませんでした。

しかし、バイトが一つ受かるとまた受かり、私は、早く親から離れたい一心でアルバイトを掛け持ちし、3年。

その間に大検(高卒認定)を取得し、大学受験もしました。
国立大学に合格し、いざ自分の貯金と合わせ、行こうとすると…

父がなぜか私名義で教育ローンを組んでいました。

なので、市町村や国がやっている奨学金は貸してもらえず…

やむなく辞退。

働け働けとうるさくいわれ、心の平穏はなく、すぐに正社員の仕事を見つけに行き、事務の求人で行った先で、営業やってみないか?と言われて、営業の仕事に就くことになりました。

その際も、親たちから、「あんたには無理だ」
「あんたにはできない」
そういわれ続けた就職。


でも、私はそこで全社員の中でトップの成績を初めてもらい、自信がついたのです。
そこはリフォームだけをやっている会社。
新築を建てたくて、次の夢だった住宅展示場で働くという希望を叶えました。

嫌なこともあります。
理不尽なこともあります。
それでも、結婚、出産、育児、介護などで転職してきましたが、とあるメーカーのトップセールスだったことを期に、どこに行ってもトップセールスになる事ができ、子だくさんでも、仕事をさせてもらってます。

子だくさんな私を担当に選んでくれるお客様の勇気に感謝し、知識や日々の学びを心がけています。

だから、子供達にもいつも伝えている事。

「〇〇より大切な存在はいないから、命を断とうとはしないで。逃げてもいいから、私は〇〇の味方だから。どうしても嫌で学校行けなかったら、行かなくていいから」

私は、不登校でした。

でも、今も、時々不安定になる事もあるけど、生きていたから、子供達を4人も授かる事ができました。

大人になった今でも、嫌な事も逃げたい時もあるけど、そんな時は無理をしない。

毒な母でしたが、行かなくてもいいって言ってくれた事。
私を信じてくれた事。

母がいなくて父だけなら私は死を選んでいた事。

だから、今、イジメられ逃げたくても、親から学校に行けって言われてる人たちに伝えたい。

ズルしてるわけではなくて、命を守るためだから、学校に行かなくてもいいよ。

あとで、たくさん頑張らなくてはならない事もたくさんあるけど、命を危険にさらしてまで、無理して学校に行く必要はないよ。

休んでいいんだよ。

だから、自分で命だけは絶ってはダメだよ。

とりあえず、生きていよう。

だから、学校に行けなくてもだいじょうぶ。