子育てしながら注文住宅営業の仕事をさせて貰ってます。
いろいろです。
いろんな仕事がありますが、私はやっぱりこの仕事が大好きです。
私の親は俗に言う毒親?です。
でも、毎日喧嘩ばかりの、父と母が、唯一仲良く、毎日笑顔でいた日々がありました。
私が小学校1年生の時に家を建てることになった時です。
父は、毎日、仕事終わりにパチンコに行って帰ってくるのは10時半過ぎでした。
しかし、家づくりを始めるとなった時。
毎日、早く家に帰ってきて、毎日、家の間取りをダイニングの小さなテーブルで書いていました。
父は、自動車関係の会社の保全の仕事をしていましたが、設計の道具を購入して、毎日、毎日、図面を書いていました。
休みの日には、総合住宅展示場に出向き、いろいろな家を見る日々が続きました。
いつもいなかった父が家にいて、母が笑っている。
そんな幸せな時間でした。
家が建つ前の地鎮祭も、今ではあまりやらなくなった上棟式も、投げ餅も、毎日夕方帰ってきてから、見に行く家も。
ハシゴを登って、2階にある自分の部屋に行く時も。
みんな笑ってました。
だから、家づくりって家族を笑顔にする。
私はその時に思いました。
私はその幸せの中に、携われる。
建てる時は、いろいろ、大変なこともあるけど、建ててからも住宅ローンを組んでいる人は支払いが続くし、頑張らなければならないけど、きれいごとではなく。
そこに家族がいて、家の表情を作っていく。
そんな家をたくさん建てさせてもらいたい。
そう思ったのは19歳の頃でした。
その時は、外壁リフォームの営業を親に反対されても就職して続けていました。
いろんな家を見るうちに、作る方に行きたい!
そう思いました。
始めて住宅営業の面接に行き、採用していただけ、私のはじめてのお客様は、今でも忘れません。
大雨の今日の台風な様な中。
原付で、カッパを着てビチョビチョになりながら、あまりきれいとは言えない格好できたおじいちゃん。
私の祖父と同じ歳でした。
先輩営業の方は、身なりで接客をしないと言うことでしたので、私は喜んで接客しました。
わからないことだらけの私。
でも、毎日、調べて、答えて、調べて、答えて。
そんな日々を送っていました。
プラン、見積もりを提出した後、また後日連絡するね。
と言ってもらい。
待っていました。
今でも、忘れません。
大手と競合しており、ダメかな?って思っていましたが、
「〇〇ハウスは断ったよ。
俺はいろいろさんから家を買いたいから、いろいろさん建ててくれるかな?」
私は、嬉しさのあまり、トイレで泣いてしまいました。
ベテラン、30年の営業よりも、一件も建てたことがない私から、家を買ってくれた。
そのお客様の家ももう築20年。
そのお施主様ももう他界され、今では、親戚の方が住んでいます。
私は、このお客様と出会わなければ、今まで続けてこれませんでした。
体調を崩して、会社を辞めることになった時にも、
「どこでもいいから、この仕事は続けて行ってね。そして。時々遊びに来てね。」
長男、次男を出産した後、住宅営業に戻りました。
他社ですが…
主婦になって、子育てしてから、また始めたかった。
それは、私も家族を持つことで、お客様の気持ちにより近づける様な気がしたから。
大切な、家族のために建てる家。
お客様はわがままになっていいんです。
それを叶えて、そこで家の表情を作っていくのはお客様。
マイホームカテの方のブログを見てると、いつも思います。
もっとわがまま言っていいんだよ。
だって、一回建てたら早々変えられない。
家族が暮らしやすく、笑顔で、広くても家族を家族を感じられる家。
そんな家をこれからも建てさせてもらえるように。
初心忘れるべからず
で、これからもゆる〜く住宅営業させてもらいたいと思いました。
昔読んだ、がんばるな家康
を読み返して、そんな、気持ちになりました。
