ご心配おかけしておりますが、無事です。
一部の方から心配しているとのお声がけをいただいたので、少しだけ近況報告をできればと思います。
今、父親と一緒に、とある問題を解決するために、戦っております。
僕は医療系の職場で働いているのですが、それは両親の影響が大きいと思っています。
僕の父は小学校の教諭。
母はそんな父を支える専業主婦でした。
父は婿養子であり、兼業農家でもありました。
そんな田舎の本家の長男として生まれ育った僕。
母は元々身体が弱かったようで、子供に恵まれず、僕はひとりっ子でしたが、勤勉で働き者の両親の愛情に包まれて育ちました。
そんな僕が小学校の5年生の時、母親が入退院を繰り返すようになりました。
それは僕が高校3年生の夏まで続き、母は息を引き取りました。
肺癌でした。
今となっては信じられませんが、その頃は本人に告知をしない時代だったため、父はひとりでその事実を抱え、母を支え続けました。
僕は、入退院を繰り返しながらも8年間という長い闘病生活を懸命に戦った両親の背中を見て、医療の道を志しました。
母を失っても、僕がこんなに不自由なく、笑顔で生きてこれたのは、父親の存在が大きかったと思っています。
僕自身が結婚してからは、奥さんの実家に行く頻度に比べ、僕の実家に行く頻度はとても少なく、父親に子供達を会わせることがあまりできておらず、親孝行ができていないことが気になっていました。それでも父は、僕たち家族が実家を訪れる時には温かく最大限の歓迎をしてくれていました。
そんな父親が、ある人に信頼してお金を預けて、裏切られ、苦しんでいます。
『他人のことは、まず信じる。』
教育者らしい、綺麗事とも思えるその考えは、僕からしたら危ういとも思いましたが、そんな父親のことを心から尊敬しています。
父は先ず、その人に直接返してもらえる様にお願いしましたが、二度傷つくことになってしまいました。
そんな中でも父親は、僕のために東京マラソンの応援にも駆けつけてくれました。
今度は僕が父親のためにできることを探したい。
僕は父と一緒に戦いたいと思いました。
このことを、ブログに綴るかどうかはとても悩みました。
しかし、気にかけて下さるみなさんに心配をおかけしたくないこと、そして本来事なかれ主義の僕自らが奮起するために、筆を取ることにしました。
しばらくは愉快に楽しく活動することは難しそうですが、僕なりにトレーニングは継続し、大切な人を守れるように生きていきたいと思います。