#浅き夢見路の入口

 

「とうとうその日が来た。ぼくにとって今日は特別な日だ。」

#浅き夢見路の入口

 

「とうとうその日が来た。ぼくにとって今日は特別な日だ。」

 

まだ眠りにつく前、すでに時計の針は午前零時を回っていた。

ボクにとってのエックスデーは、すでに『明日』ではなく『今日』になっている。

まだ興奮冷めやらぬまま寝付けないでベッドに横たわっているボクは、次に日が沈んだ後の深夜のパーティを目論んでいた。

ここまで来るのに、どれだけの手間と時間がかかったことか。

我ながらマメな性格に感謝する。

 

ボクの名前は平手賢一。通称ケンさんと呼ばれている五十間近のおじさんである。

そのアラフィフのおじさんが今、とてつもない恋に落ちている。

彼女の名前は萌愛(もえ)。年齢は二十二歳。うら若き乙女である。しかし、普通の女の子ではない。もちろん、会社の後輩でも部下でも同僚でもない。

ボクが友人に連れられて行ったセクキャバの嬢なのである。

そんな女の子に店で逢い、唇を重ね、肌を合わせ、祝詞を唱えることで、馬鹿なおじさんが恋に落ちるのである。

 

この日はデートの約束が出来ていた。彼女とのデートは二回目だ。

一度目は彼女の出勤の前に、食事をして一緒に店に入った。

いわゆる「同伴出勤」というヤツである。

悪く言うヤツは、「単にメシを奢らされて、同伴料金を取られるだけじゃないか」という輩がいる。

確かにそうかもしれない。しかし、払う方が満足できれば、それでもいいじゃないか。

飲んべの彼女は酒を嗜んだ。肉食女子の彼女はステーキも好んで頬張った。ボクはそんな彼女の喜ぶ笑顔が堪らなく好きなのである。

 

そして日付変更線の変わった『今日」がその二回目のデートなのである。

しかも今度は、店が終わってからのデートだ。

羨ましげに言うヤツは、「アフターじゃん。お持ち帰りじゃん。やりたい放題じゃん。」などと茶化す輩がいる。確かにそうかもしれない。

しかし、そんなエッチなことが目的じゃなくてもいいじゃないか。

ボクは純粋に彼女とデートがしたいだけなのである。

 

この企画が遂行されるまでに費やされた時間と手数は、ボクのマメな性格が培ってきたものだ。

店の中で逢っているときも、彼女が嫌なそぶりを見せた行為はその手を止めたし、彼女の嗜好を丹念に聞きだしていたし、一回目のデートだって一片たりともスケベな雰囲気を醸し出すことはなかった。

そうした積み重ねが、「特別な今日」を造り上げたのである。

 

正直、下心がないわけじゃない。だからホテルだって予約してある。

但し、ダブルじゃなくてツインだけどね。

そういったところが細かな配慮というべきなのだ。

 

そんな「特別な今日」を想像しながら、ボクは短き夢路へと進んでいくのである。

 

 

つづく