#浅き夢見路酔ひもせず

 

やがて賑やかな時間も幕を閉じるタイミングが訪れる。たくさんの人に祝福され、もみくちゃにされたボクたちの疲れは、そろそろピークに達していた。

すでに店の中はボクたちとは関係のない所でどんちゃん騒ぎになっている。ボクは明日の出発に備えて早めに切り上げたいと申し出て、ヒデさんも快く応えてくれた。

ヒデさん、米倉氏、『織田』の親方と女将さん、そして参加してくれた皆に礼を述べて、ボクたちは先に店を出た。女将さんを始めとするお歴々の方々は早々に宿で休息していることだろう。

明日からの伊豆旅行は昼前の新幹線で向かう予定だが、今宵は早めに休むことにしよう。本来ならば「初夜」という蜜月の時なのだろうが、疲れている今のユイには一秒でも長い休息の時間が必要だ。

それでもユイはボクに甘えながら抱かれてくれる。

もちろん今宵もユイの口づけは蜜のように甘い。その甘い口づけに酔いながら、ボクは幸せの絶頂を感じて深い夢の世界に落ちていく・・・。

 

 

 

ふと目が覚めると、そこはねずみ色の壁、薄暗い蛍光灯、小さくて高い場所にある窓がある部屋だった。辺りはうっそうと静まり返っている。そうだ、ここは留置場だ。連れて来られたのは昨日だったっけ。

少し寒さを感じたためか、ブルッと震えて目が覚めたようだ。

時計がないので時間はわからなかったが、外はまだ暗く、夜は明けていない。そんな時間だったようだ。向こうでは監視の警察官もうつらうつらしているのが見えた。

また明日から五月蝿くて恐い刑事たちの取調べだ。頭がガンガンする。

一瞬我に返るも眠いのは変わらない。夢だったのか。なんとも心地よい夢だったな。そう思いながら、ボクはまだ虚ろなままの寝ぼけ眼をこすることなく睡魔に誘われるまま、もう一度目を瞑る。まるで現実逃避をするかのように。もう何も考えたくない・・・。

やがて深いしじまがボクを誘うように再びボクを夢の世界へ導いていくのだった・・・。

 

 

 

結婚式の翌朝、明るい日差しがボクの瞼を刺激した。

なんだか嫌な夢を見たような・・・・・。

そんな嫌な気分を払拭するかの如く、隣にユイが寝ていることを確認した。

いつもながら可愛い寝顔だ。疲れているのだろう、ボクの目が覚めた気配があるにもかかわらず、まだ夢心地のまま覚める様子がない。キスをするのはよそう。

まだボクもスッキリと目が覚めたわけじゃない。枕元の時計は七時を指していた。まだ時間はある。急ぐ必要なはい。もう少しゆっくり寝ていよう。ボクは可愛いユイの寝顔をもう一度確認すると、またぞろ布団に頭を突っ込んだ。

 

浅き夢見路をまだ酔いながら、そしてこれから始まる幸せな日々を想像しながら・・・。

 

 

「ユイ・・・萌愛・・・愛してる・・・・・。」

 

 

そしてボクの意識は再び遠くまどろみの彼方へ・・・。

 

 

                                            =完=

 

 

 

 

=あとがき=

 

この物語はフィクションです。

ただただ筆者の妄想の世界です。

もちろん出てくる登場人物も店も実在しませんのであしからず。

(一部地名や建物は実在しますが)

 

さて、前篇の続きとなった第二章。

恭介が逮捕され、無罪が立証されて、ニュースを見た萌愛(ユイ)が食堂へ駆けつけるという、やや強引な設定でしたが、この設定だけが割と簡単に彼女を呼び戻せる設定だと思ったので・・・。

 

恭介は本当に幸せをつかんだのでしょうか。

まだ浅き夢見路を酔い彷徨っているのでしょうか。

どちらの結果とするかは、読者の皆様のお好きな方に解釈してくださって結構です。

どちらかと言えば、ハッピーエンドに仕上げたかったというのが本音ですけどね。

いずれにせよ、これで萌愛の話は完結とします。

さすがに「続々」っていうのはみっともないですからね。

 

さて、あなたならどちらの結果を望みますか。

 

 

 

                 色は匂えど散りぬるを

 

                 我が世誰そ常ならむ

 

                 有為の奥山今日越えて

 

                 浅き夢見路酔ひもせず

 

 

 

 

平成三十年一月二十日初版校了                        旋風次郎