#思い出す一年前の朝

 

とうとう風が頬に刺さる季節がやってきた。

思い出すのは去年の冬。ユイがボクの下から姿を消したまさにその月である。あれから一年が経過しようとしている。色々なことがあった。なによりも、ボクの下にユイが戻ってきてくれた。それがボクにとって一番のイベントだった。その事は世界中の神様に感謝したい。

店にヒデさんとプランナーの人が訪れてから二週間が経った頃、ヒデさんがスタイリストを連れてやってきて、ユイのドレスをチョイスする。プランナーも同行しており、パーティー用の献立を決めたり、ウチで出す料理をピックアップしたり、ドリンクの用意など、会場設営の準備に余念がなかった。

式は新宿の北側にあるこじんまりとした神社で行うらしい。そこは最近改装されたようで、パンフレットに掲載されている写真によると、さほど大きくないながらも赤く塗られた鳥居や白い壁が光って見えた。

ボクたちもそれぞれの両親や親戚などに配る招待状の準備に大わらわだった。日に日に近づいてくる大きなイベントに心躍るボクたち。同時に緊張感もかなり高まっていた。

そんな折、店に郵便が届く。宛名はユイ、差出人は米倉氏で書留だった。いつぞやのユイの誕生日プレゼントなのだろうか。でも書き留めで届くっていったい何事だろう。

ユイも恐る恐る封を開けてみる。そしてボクたちは驚愕するのである。

「すごい、こんなのもらっていいの?」

それは伊豆にある大きなホテルの宿泊券だった。

「どうしよう。」

明らかに戸惑うユイ。それもそうだ。何度か会って面識はあるという程度の人から受け取るにはあまりにも大きすぎるプレゼントだ。

「どうしようキョウちゃん。どうしたらいいの?」

ボクは慌てて以前米倉氏にもらった名刺を探しに二階へあがった。

「とりあえず電話してみようか。ボクがする?ユイがする?」

「キョウちゃんお願い。私、緊張して話できない。」

ボクは仕方なくユイの代わりに電話を掛ける。

「もしもし、米倉さんですか。『もりや食堂』の恭介です。」

「ああ、恭介君か。どうした?」

「あのお、ユイに届いた書留なんですが。」

「ああ、やっと届いたか。ユイちゃんへの誕生日プレゼントだ。些少だけど気持ちよく受け取ってくれ。」

「米倉さん、これ、とっても些少じゃないです。あんまり大きすぎてユイが困ってます。」

「何のことはないんだ。こんど伊豆のホテルの経営に携わることになったから、試しにキミたちに泊まってもらおうと思ってな。普通にタダ券だよ。後でアンケートに答えてもらわなきゃいかんから、モニタリング調査だと思って使ってくれ。」

ボクが困惑したような顔をしていると、女将さんが受話器を取って代わる。

「米倉さん、どうもありがとうございます。あたしがちゃんと言い聞かせてありがたく使わせてもらいます。またお近くにお越しのときは、ぜひとも立ち寄ってくださいな。大サービスしますから。本当にありがとうございました。」

そう言って電話を切ってしまった。

「キョウちゃん、ユイちゃん、ありがたく受け取っておきな。それで、いつかこれもちゃんと米倉さんにお礼すればいいことなんだ。いい人たちといいつながりを持っておいて損はないよ。いつかお互いで助け合えるときが来るから。ねっ。」

結果的にはいつかのパーティの話がまたぞろ舞い込んできて、彼の店での料理提供をすることにはなるのだが、いずれにしてもボクたちが助けられているだけのような気がしてならない。

 

 

ボクたちの結婚式を二週間後に控えていたある夕方のことだった。

ヒデさんと米倉氏がやってきた。普段通りにただ夕食を食べに来ただけの様子だった。

お茶を持ってきたユイにヒデさんが話を切り出す、

「さて、もうすぐだな。手筈は万全か?」

「招待状も配りましたし、美容院の予約もできてますし、宿の手配もできてます。あとは料理の用意だけです。」

「まあここでの企画はウチも噛んでるからな、特に抜けてるものはないと思うよ。けどな、二次会はどうするんだ?きっとこの店には入れなかった近所の連中がいるんじゃねえか。」

「そうですね。ウチの店も何十人も入れる訳じゃないですからね。」

「そこでだ。今日、米倉さんを連れてきたのは二次会の話だ。手が空いたらキョウスケを呼んでおくれ。」

「ご飯は食べないんですか?」

「いや、食べるよ。ビールとおでんを適当にときんぴらとひじきをね。」

すると米倉氏が別の注文をユイにお願いする。

「オレはこの後に仕事があるから、ちょっと飯を食いたい。ご飯の上にカツとオムレツを乗っけてくれるかな?できる?」

「えーと、キョウちゃんに相談してみます。」

「いや、キミに作って欲しいんだ。できる?」

「えっ?私ですか?」

「そうだよ。そろそろ独身のユイちゃんの料理が食えなくなりそうだからな。ちょっとわがまま言っていいかな。ユイちゃんなりに美味しくなる工夫もしてね。」

「ええええ?なんかハードルが高くないですか?」

「よろしくね。」

ユイは注文をボクに伝えると、配膳を女将さんにお願いする。そしてカツを揚げていく。カツを揚げるのはお手の物だ。それが終わると玉子を割り、オムレツを焼いていく。切ったカツにみたらし風の餡をかけて、その上にかなり生に近い半熟に仕上げた甘めのオムレツを開いて載せる。オムレツにはハンバーグ用のソースを少し垂らした。ユイ特製の玉カツ丼の出来上がりだ。

それをボクが配膳する。

「ご注文の品です。ごゆっくりどうぞ。」

「やあやあこれは旨そうだな。いや、あんまりゆっくりもしてられないんだけど、キミにはお知らせがあるんだ。」

「なんでしょう。」

米倉氏はカツを頬張りながら、二次会のプランを話し始める。

「色々な人がキミたちを祝福に来たいはずだ。実はオレもその一人なんだが、どうだろう、ウチの店を使ってくれないかな。料理は『織田』にお願いする。どうだ、一石二鳥だろう。五十人ぐらいなら充分入るぜ。」

「それはありがたい話ですが、米倉さんのお店ってホストクラブですよね。そんな高価なお店にお願いできるほどのお金はボクたちにはありません。」

「ははは。いつもながら臆病だな。オレが祝いたいって言ってるんだ。もちろん金は頂く。でもそれは『織田』にかかる料理の費用だけだ。ウチの店を使うのはオレからの祝儀だと思ってくれればいい。どうだ?悪い話じゃないだろ?」

「そんなに甘えていいんでしょうか。」

「そうだな、オレもユイちゃんに惚れてるのかもな。幸せになってほしいと思うし、できるだけ多くの人に祝って欲しいと思う。だから、なっ。」

「ありがとうございます。」

ボクは礼を言うしかなかった。

すると米倉氏は続けて話を持ち出した。それは、ちょっと前にあった事件のことだった。

「先日来た馬鹿どもがいたろう。さっきの話、それの詫びの意味も含んでるんだが、それよりも、あいつらの実刑が確定しそうだ。それについては、近日中に裁判所に行くことになるかもしれない。キミも一緒にね。」

「ユイは行かなくてもいいですよね。」

「ああ、彼女はその現場にいなかったからな。キミとオレだけで十分だと思うよ。あいつらには前科があるし、実刑は間違いない。数年は出てこれないよ。それにしてもコイツは旨いな。玉子が甘めに仕上げてるのがいいねえ。」

ボクは米倉さんが旨そうに食べている様子を見て、頷くしかなかった。確かに旨そうだ。

「これは甘党にはたまらないカツ丼だな。」

「どれどれ、オレにも一口下さいよ。」

米倉氏があまりにも旨そうに頬張っていたので、ヒデさんはどんぶりを米倉氏の手から奪い取った。そしてカツを一口頬張ると、

「うん、確かにこれは旨い。これなんて言うカツ丼?」

ボクはユイを呼んで確かめてみる。

「ヒデさんがね、これはなんていうカツ丼か、だって。」

ユイは困ったような顔をしてボクに助けを求める。だけど、ボクも首をかしげるしかない。

「これはユイが作った料理だよ。」

「甘いタレがかかってるから甘口カツ丼かな。」

「それは面白い。でもこれはオレが命名しよう。知らない人は知らないでいい。だから甘いユイちゃん丼。よし、これで決まりね。」

「ええ?これってメニュー化するんですか?」

「そうだね。試食係のオレがイケるっていうGOサインを出すんだからいいだろ。ねっ、女将さん。」

するとその様子を聞いていた女将さんは満面の笑顔で話しに入ってくる。

「もちろんだよヒデさん。これでウチの名物どんぶりができたも同然。『もりや食堂』は万々歳だよ。」

女将さんが近くに来たので、米倉氏は先ほどの話を切り出した。

「ああ女将さん、近日中に後継者をお借りしますよ。ほら、例の二人組の裁判があるんで、証人として出廷が求められると思うので。私も一緒に行くことになると思います。」

「そうですか、よろしくお願いします。」

女将さんは米倉氏の手を握り、ボクの安否を心配してくれる。

「大丈夫。もうこれでヤツらもここに来ることはないでしょう。」

するとユイが心配そうな顔をしてボクの顔を見た。

「ボクは大丈夫。」

「ううん。私のこと・・・・。」

ユイが心配しているのは例の写真のことなどだった。

その様子を見て米倉氏がユイに話しかける。

「ユイちゃん、心配ないよ。今度の件についてはキミはノータッチだ。だから法廷に行く必要もないし、そのことについて何も言う必要もない。もうデータが入っていたスマホはどこにも無いんだから。そしてもうそのことは忘れなさい。そう言ってくれる彼氏がいるんだから。」

米倉氏はユイに笑顔で答え、ユイは黙って頭を下げる。

「ありがとうございます。」

そしてボクの腕を握りしめた。

 

翌日から『もりや食堂』には多くの客で膨れ上がる。

そう、甘いユイちゃん丼が瞬く間に常連さんの間で噂になり、その噂を聞きつけた商店街のお兄さんやおじさんたちが、こぞってこの丼を食べに来るのだ。

甘い味付けは彼らの求めるユイのイメージを相当に増幅させたようだ。その様子を見ていた他の客も変わった名前の丼に大いなる関心を持ち、次々と甘いユイちゃん丼を注文していく。普段、『もりや食堂』で提供するカツはせいぜい十枚から二十枚。それが飛ぶように食されていくのだから、すぐにカツ用の肉は底をつく。ランチタイムから始めて午後の二時ごろには、もう肉のストックはなくなってしまった。

最後の丼を提供してから飛び込んできたのは質屋のマサやんだった。誰かから噂を聞いて来たのだろう。テーブルに座るやいなや注文を発する。

「オレも甘いユイちゃん丼を一つ。」

その様子を見かねた女将さんはマサやんの頭をぐりぐり撫でながら言う。

「残念だったねマサやん。たった今売り切れたよ。また明日おいで。」

「エエーッ。自治会長から聞いて慌てて走ってきたのに。」

「でもさ、作ってるのはキョウちゃんだよ。ユイちゃんが作ってるわけじゃないよ。」

「じゃあ、明日オレが注文する甘いユイちゃん丼は、ユイちゃんに作ってもらえるかな。」

「それは聞けない注文だねえ。なんであんただけ特別扱いなんだい?」

「オレが弁護士頼んでやったんだろ?一回ぐらいいいじゃねえか。」

そのやり取りを聞いていたユイは、マサやんに約束する。

「明日は開店と同時に来てくれれば、私が作ってあげますよ。」

それを聞いたマサやんは大喜び。ユイと指切りをして飛んで跳ねて帰っていく。結局この日はなんにも食べないで。まさか明日の昼まで何にも食べないつもりだろうか、そんな勢いだった。

翌日一番に来たマサやンがユイの作った丼を食べて、それは満足して帰ったことは言うまでもない。

 

 

 

#歓びの朝

 

新しい丼のおかげで、ここ数日間は大忙しだった。ユイもボクもヘトヘトだ。そんなボクを労うようにボクを癒してくれるユイ。

この夜はゆっくりと風呂に浸かり、深いしじまの中で互いの息遣いを確認し合い、互いの温もりを確かめ合った。

多少疲れていても、ボクはユイの匂いを吸引した途端、またぞろ夢の世界へ誘われる。ユイのやわらかな肌はボクをあっという間に狼に変貌させる。ふくよかな胸の膨らみは今宵も妖しく月の光に照らされて、ボクの欲望をかきたててくれる。

「慌てなくてもいいのよ。どこへも行ったりしないわ。」

「うん。」

ボクはユイの唇とその祠の奥に住む女神様に祈りをささげ、同時に洞窟の奥の泉の湧き具合を確認する。ボクの先遣隊がそれを確認すると同時にユイの祠の中から吐息がこぼれ出る。その声はまるでボクの銃口を呼んでいるかのような声だった。

ボクはユイの温もりを余すことなく堪能する。ユイもボクを優しく受け入れてくれる。今もユイは美しい。月夜に照らされたユイの美しい肢体は眩いばかりだ。

やがてボクの憤りが我慢の限界を超えた時、ユイはニッコリ微笑んでボクを抱きとめる。

「いいの?」

ボクは苦悶の表情で尋ねた。

「うん。」

それを聞いた瞬間、ボクの銃口は暴発した。

「このところずっと大丈夫って言ってるけど・・・・・。」

ユイは身支度をしながらボクの胸に頬を寄せる。

「キョウちゃん。ホントはね、もうアレが来ないといけない日は過ぎてるの。」

「ん?」

「木更津のお母さんは、いつでもいいよって言ってたから。」

ボクは一瞬、呆然としたけれど、我に返った瞬間に飛び起きた。

「ユイ、それってもしかして、子供ができたってこと?」

ユイはハニカミながら答える。

「まだ確実じゃないけど・・・。」

「ねえ、明日、お医者さんに行かない?女将さんには事情を話してさ。」

「ううん、女将さんには具合が悪いからって言っておく。もし違ってたら嫌だから。」

「わかった。けど、期待しちゃうな。」

「うふふ。」

ボクはユイを抱きしめていた。ボクは父親になるのかも。そう思うと少し顔がニヤけていたかもしれない。

「このボクが父親か。」

ボクの顔がほくそ笑むには十分すぎる材料だった。ボクはユイを腕の中に抱きながら、ずっとニヤけたまま朝を迎えたことだろう。

 

翌朝、ユイは体調不良を理由に病院へ出かけた。

女将さんは心配そうにユイの背中を見送る。そしてボクを叱りつけた。

「お前さんがちゃんとしないから、ユイちゃんの負担が大きくなっちまうんじゃないのかい?心配だよ。」

「そうですね。ユイに負担がかからないようにもっと頑張ります。」

ボクはそう言って女将さんに言い訳するしかない。少し後ろめたい気はするけれど。

ユイが出かけてから二時間後ぐらいだったろうか、ユイはニコニコして帰ってきた。そしてボクの顔を見つけるなり抱きついてくる。

「キョウちゃん、ビンゴだって。二カ月よ。」

「ホントに?ホントにホントに?」

「うん。」

ボクは誰の目をはばかることなくユイを抱きしめる。

その様子を見た女将さんが、何かを察したように駆け寄ってきた。

「なになに?もしかして、婦人科に行ったのかい?」

「はい。」

ユイはニコニコしながらはっきりと答えた。

「お母さん、二カ月ですって。」

それを聞いた女将さんは大きな目をより大きく見開いてユイをギッチリと抱きしめる。

「良かったねえ。あたしも嬉しいよ。あっ、もうこれからあんまり無理するんじゃないよ。何かあったらいけないからねえ。重い物とか持ったらダメだよ。」

「うふふ。まだ大丈夫よ。来月ぐらいから少しずつ気を付けていくわ。」

「キョウスケ、お前も一人前になるんだ。もっともっと頑張らなきゃいけないよ。」

「はい。」

ボクは舞い上がるほどうれしかった。ボクのやる気と意欲にさらに火が付いたと言っても過言ではない。多少冷たいと思う水仕事も、今のボクには心頭滅却すれば火もまた涼しと言ったところか。

 

やがて寒さが厳しくなり、街中がクリスマスの気配を呈し始める頃。ボクとユイの緊張はさらに高まっていく。

そしてクリスマスの日はやってくる。

ボクは朝からソワソワしていた。この日はボクたちの結婚式ということで店は午前中臨時休業という形をとっていた。

それでも商店街の人たちや常連客達が、そぞろ祝いに駆けつけてくれる。その対応をするのはもっぱらボクの役目である。

というのは、ユイは朝から美容院へ着付けとヘアーセットに出かけている。

ボクも貸衣装ではあるが、一応羽織袴を着こなす準備に取り掛かる。そうこうしている内にヒデさんがボクを迎えに来た。

「キョウスケ、おめでとう。用意はいいか。」

「おはようございます。もう朝から緊張しまくりですよ。結婚式の日ってこんな感じなんですか?」

「そうだな、もう随分と昔のことだから忘れちゃったよ。それよりも、ユイちゃんどんな感じになったかな。」

「会えるのは式場に行ってからですから。」

「よし、じゃあ行こうか。女将さんは?」

「ユイと一緒です。木更津の両親と一緒に神社へ向かうことになってます。」

「お前の両親は?」

「隣の部屋にいますよ。」

丁度そのタイミングでボクの母が現れた。

「恭介、用意はできたのかい。」

「ああ、今できたとこだよ。父さんはどうしてる?」

「兄さんと一緒に、先に神社へ行ったよ。」

親父殿もようやくボクたちの結婚を認めてくれたようだ。実はウチの両親にはすでにユイの妊娠の話はしてあった。これはもう親父としてもボクたちの結婚を認めざるを得ない事実となっていた。

店には米倉氏の店のシェフたちがすでに準備を始めていた。ボクは店の留守番と準備をお願いして、ヒデさんとお袋と三人で神社に向かった。

 

冷たい風。透き通る空気。やわらかく刺さる太陽の光。そして、静まり返っている境内の景色。そのどれもが新鮮だった。

笙の音色と共に厳かに始まる高尚な儀式。

目の前にいる麗しき美しい花嫁。白無垢に包まれた眩いほどに輝いて見えるユイがそこにいた。優しく微笑むユイの表情。ボクにとっての天使は今、目の前にいる。ユイの手を取るボクの手は、始終に震えていた。

厳かな儀式は神主の主導のもとに粛々と進められる。やがて三々九度のしきたりが終わり、ボクたちが本当の意味で結ばれる儀式が終了した。

 

神社での儀式が終了したのち、ボクたちはこぞって『もりや食堂』へ移動する。披露宴の始まりだ。食堂の料理は昨日のうちに仕上げてある。あとはお願いしているスタッフらによる料理が次々と出来上がるのを見守るだけだった。

食堂のテーブルには、全て白いテーブルクロスが覆われ、披露宴会場らしいセッティングが整っていた。

ボクは羽織袴からスーツに着替えてユイを待っている。

やがてドレスに着替えたユイがクルマに送られてやってきた。ユイがクルマから降りた途端に大きな歓声が沸く。それほどまでにユイは見事なほど美しかった。

披露宴の直前に親方の四十九日が開かれる。お坊さんが仏壇を前に念仏を唱える。女将さんは親方に晴れ姿を披露するように、ボクとユイを最前列に座らせる。お坊さんは始終、怪訝な表情だったが、女将さんの顔は満足気だった。

「あんた、ユイちゃん綺麗だろ。キョウちゃんも決まってるだろ。」

最後に女将さんが集まってもらったみんなに挨拶をする。

「これであの人も満足してあの世へ行ってくれると思います。そして、あの人がまだその辺にいるうちにキョウスケとユイの披露宴を行います。どうぞみなさん、あの人も一緒に参加させてやってくださいね。」

何とも粋な挨拶だった。ボクもユイもこぼれる涙を我慢することができなかった。

そのときユイがそっと呟いた。「元気な親方にこの姿を見て欲しかった・・・。」

ボクは「そうだね。」と答えるしかなかった。

四十九日の儀式が無事に終わり、続いて披露宴が開催される。入り口から一番奥のテーブルに仕立てられたボクたちの雛壇。身内だけの披露宴は米倉氏の司会進行で始まった。

ボクたちの披露宴に仲人はいない。されど、立会人の代表としてヒデさんが挨拶を述べた。ボクたちの出会いについては、やや作り話とならざるを得なかったが、一緒に住みだしてからのエピソードは、わかりやすく参列した身内の方々に紹介された。

たくさんの方々から祝福され、お祝いの言葉を頂く。盃を掲げ、握手を交わし、シャッターが切られる。ボクとユイにとって最も輝いた一瞬だっただろう。

最後に親族代表として養子縁組が成立した今、法律上我々の母となる『もりや食堂』の女将さんが挨拶を行った。

その挨拶なかで、ユイの妊娠が正式に公表されると、会場では大きな歓声が沸き、多くのヤジと罵声が飛ぶ。

そして新婚旅行として明日から伊豆へ出かけるエピソードも披露され、会場はさらなる大きな拍手の渦に満たされる。ユイは淑やかに涙を流しボクは号泣していた。

こんな日が来るなんて、あの薄暗い部屋の中では想像もしていなかった。そして今、ボクの隣りには可愛くて美しい花嫁が座ってボクの手を握っている。

食堂での披露宴が終わると、米倉氏の店での二次会が開かれる。食堂の外で披露宴の様子を見ていた商店街の親しい方々や常連客、そして『織田』の面々が続々と現れる。

『織田』の料理は素晴らしかった。タルタルつきのチキンカツはもちろんのこと、ローストビーフにハンバーグ、それは旨そうなナポリタンも用意されている。ボクは圭ちゃんの姿を探していたのだが、なかなか見つからなかった。

ボクは店の厨房まで彼の姿を探しに行った。すると思った通り、彼はそこにいた。

最後の締めとなるハヤシラーメンの用意をしていたのだ。そう、あの対決のときのラーメンである。

ボクは作業する圭ちゃんに声をかけた。

「そろそろこっちにも顔を出してよ。色々な人たちに紹介したいから。」

すると圭ちゃんは力なさ気な声でボクに言った。

「ユイちゃん、ご懐妊だって?おめでとう。はああああ。」

大きなため息だ。

「どうしたって言うのさ。」

「正直言ってな、わずかながらもボクにもまだチャンスがあると思っていたんだ。万が一、キョウちゃんと別れたら、オレがいただいてやろうと。もっと言えば、チャンスがあれば奪ってやろうとすら思っていた。でも妊娠したって言うことは、もう完全にオレにチャンスが無くなったってことだろ?これが溜め息をつかずにいられるかってんだ。」

ボクは胸の内に暖かいものを感じながら、

「ありがとう。圭ちゃんもユイのことを好きでいてくれたんだね。」

「まあこれで、完全に諦めがついたよ。キョウちゃん、これでユイちゃんを幸せに出来なかったら、すぐにでも首を締めに行くからな。」

ボクは圭ちゃんを抱きしめる。友情とは色々な意味でありがたい。心から感謝せずにはいられない。

 

 

つづく