#生まれ変わり・・・

 

忌まわしい飛行機事故から十日程が経過していたある朝。

既に新しい年が幕を開け、新年を祝う町並みの情景があちらこちらで彩られていた。

大阪の町も進也の勤めていた会社もホルモン屋の周囲の喧騒も、まるで何もなかったかのような日々が戻っていた。

進也が住んでいた部屋の後片付けは秀雄が率先して行い、親方夫婦も手伝った。その間、進也の元妻が顔を見せることは一度もなかったが・・・。

部屋に残されていたリナとの思い出の品も、もはや誰も語れる者も無く、ガラクタ同然となってしまっていた。

片付けが終わって伽藍堂となってしまった進也の部屋に、その後も時折り尋ねて来ては相棒の思い出を余すことなく拾っている秀雄の姿があった。そして帰りには必ずホルモン屋に立ち寄るのである。

「親方、オイラはやっぱりアイツが好きやった。あいつに憧れてたんや。仕事も出来るし、女の受けもええ。どないしたらアイツみたいになれるんか、ずっと追っかけてたんや。せやけど結局わからんかった。なんもわからんまま逝ってしまいよった。」

「シンちゃんもお前さんには憧れとったで。それにきっとシンちゃんは特別なヤツやったんやで。せやからあんな若い娘でも惚れよんねん。アイツは特別なヤツやねんで。」

「そや。アイツは特別なヤツや。そやからシンちゃんが死んだって信じられへんねん。あんまりふざけたことせんかったヤツやけど、今度ばっかりはふざけたことしてでも帰って来て欲しいねんけどな。」

「人間の運命なんてわからんもんやな。幸せの絶頂やったやろうにな。」

「リナちゃんも笑顔がステキなええ子やった。まだまだあの子に聞きたいこといっぱいあったのに。あの子の明るい可愛い笑顔が未だに浮かんでくんねん。絶対に幸せになって欲しい子やった。今でもあの二人のことを思うと涙が止まらん。」

 

その時だった・・・。

 

どこからともなく二匹の犬が店に現れた。愛嬌良く、親方と秀雄の足元で尻尾を振ってあいさつをしている。

「ん?どこの犬や。二匹とも首輪もしてへんし。それにしては綺麗な犬やなあ。今どき野良犬もおらんやろうに。」

一匹はやや大き目の中型犬。白い体に茶色い耳とフサフサとした尻尾がどことなく愛嬌を感じる。もう一匹は上品な感じの犬。もう一匹よりは少し小さい。種類はわからないが、クリクリとした可愛い目をしている。親方は二匹を膝元に呼んで頭を撫でる。

大きい方の犬は明らかにオスだ。小さい方はどっちかなと思って、親方がひっくり返して陰部を覗こうとすると、大きい方の犬がいきなり吠え出した。明らかに小さい方の犬を守ろうとして威嚇している吠え方だ。

「ヒデちゃん、大きい犬はオスで小さい方がメスやぞ。しかもメスに手を出そうとするとオスが怒りよる。つがいやでこいつら。」

そして二匹の犬は秀雄の隣の椅子に異常な程の関心を示す。

「親方、以前にな、シンちゃんは自分のことを犬の生まれ変わりやって言うてたことあんねんけど、逆にこいつらシンちゃんとリナちゃの生まれ変わりやないか。ほれ、オイラの隣に座ろうとしよる。」

「ホンマやな。せやけど、どっから来たんやろ。いきなりやな。」

「ほれ見てみ、メスの頭を撫でてるうちはオスも大人しいけど、チューしようとしたら吠えよるで。やっぱ、こいつらシンとリナの生まれ変わりやで。」

秀雄は二匹の様子をしばらく観察しながら、やがて親方に嘆願する。

「なあ親方、こいつらをシンとリナっちゅう名前にして、ここに置いてやれんか?オイラも及ばずながら協力させてもらうし。毎日会いに来るし、散歩もしたるし、なっ、ええやろ?お願いや。何やこいつらどんどんシンちゃんとリナちゃんに見えてくる。」

「せやな、ホンマやな。ワシの目ぇにもシンちゃんとリナちゃんに見えてきたわ。よし、ワシが面倒見たる。二人が好きやった肉は売るほどあるんやさかいな。」

その途端、二匹の犬は秀雄の隣にある椅子の足元にちょこんと座って二人を見つめた。

 

「ウオン。」

「アウン。」

 

穏やかな鳴き声だった。

 

 

 

 

#エピローグ・・・

 

数ヶ月前のこと、進也がドラマで見ていた異次元の世界のことを覚えているだろうか。

違う世界に住んでいる者たちが、時を止めながらコチラの世界とアチラの世界を行き来できること、実は同じ次元に同時に存在できること。そんなことがあるのだろうか。

 

そして、二人とも犬の生まれ変わりではないかと言っていたこと。

 

二人はまた、犬で生きる次元に戻ったのか。

人間が生活する次元で互いの伴侶を見つけたあとで・・・・・。

 

さて、信じるか信じないかは、あなた次第・・・。

 

語り部である私が誰であるかは、ひとまず置いといて、私は信じたい。

これから二人がずっと一緒に生きていく世界があることを。

 

下賀茂神社でのご利益があることを。

 

 

 

#追記・・・

 

二匹の犬がシンとリナという名前を授かり、親方の店に同居するようになって二週間ほど経ったある日の夕方、三人の男女が店を訪れた。

一人は常連客の秀雄であったが、彼が連れてきた客人はこの店に初めて訪れる初老夫婦だった。年のころは五十路を越えたあたりか。

「親方、連れて来たで。」

秀雄は店の奥で仕込みをしていた親方を呼び出し、連れてきた客人を紹介する。

「このたびはご招待に預かりまして、ありがとうございます。」

品の良さそうなご婦人があいさつをする。

その声を聞きつけた途端、店の裏から一匹の犬が飛び出してきた。

リナと名づけられた方のメス犬だった。その犬は夫婦の周りを尻尾を振って駆け回っていた。まるで再会を喜んでいるかのように。

秀雄が連れてきた客人はリナの両親だった。

「お母さん、この子がお話していたリナちゃんです。」

そういった途端、リナの母親はその犬を抱きかかえて頬ずりする。その様子を見ていた父親も堪らずリナを抱きかかえる。

少なからず、失った娘の面影をその犬に見出したに違いない。

後からやって来たオス犬は少し離れた場所で座り、じっと黙ってその様子を見ていた。

親方はあらためて二匹の犬の様子を見て驚く。

「ヒデちゃん、シンちゃんのヤツ、ワシらがリナちゃんに頬ずりしたら怒るくせに、この二人やったら黙って見とる。」

すると父親はメス犬を抱きしめて母親に呟いた。

「母さん、この子は連れて帰ろう。リナの生まれ変わりやって言うんなら。」

「お父さん、それはこの子の意志に任せましょう。私たちが決めることやないです。もし、ホンマにリナの生まれ変わりやったら、リナの意思でここに姿を見せたんやで。ウチに帰って来たかったんやったら、ウチに来てるはずやろ?」

母親は犬を抱えて離そうとしない父親を諌めた。

父親の手から下りたメス犬は、スルスルとオス犬の側まで駆け寄り、続いて二匹並んで両親の前まで来て座った。まるで彼を紹介するかのように。

「そんなアホなことがあるか。」

嘆くように言葉を発し、目の前の光景に信じられないといった表情を隠せない父親と、奇跡の光景を見て歓喜の表情を見せる母親。二人の感情はやや違っていたが、両親を見つめるメス犬の瞳を見て父親の決心も固まったようだった。

父親はゆっくりとオス犬の元へ歩み寄り、その頭を撫でてニッコリと微笑んだ。そして覚悟を決めたように親方に語りかける。

「リナは彼のところへ嫁にやったと思うようにします。親方さん、これからもよろしくお願いします。ときどき会いに来てもいいですか。」

「お父さんもお母さんも、遠慮なくいつでも会いに来てやってください。」

母親の頬にいく筋もの涙がつたうのが見える。

「たまには実家にも帰っておいでな。それぐらいはよろしいな親方さん。」

「もちろんですがな。ワシもシンちゃんは弟やと思もてましたし、弟にええヨメもろたと思て大事にさしてもらいます。たまには実家にも帰ってもらうようにしますさかい、そんときはよろしゅうたのんます。」

親方はリナの両親に深々と頭を下げた。

リナの母親も親方に丁寧にお礼を述べ、そして犬たちに語りかける。

「進也さん、リナをヨロシクネ。リナ、進也さんに幸せにしてもらうんやで。」

 

「アウン。」

 

彼女の潤んだ目が印象的だった。

 

 

 

 

=あとがき=

 

この物語はフィクションです。

筆者の妄想の世界と言っても過言ではありません。

もちろん出てくる登場人物も店も実在しませんのであしからず。(一部地名や建物は実在しますが)

 

書きながら迷走している自分を何度も取り戻そうと思っていたけど、結局は迷走したまま暴走して終わったのかもしれません。

 

筆者自身も犬の生まれ変わりだと信じています。

果たして本当にそんなことがありうるのでしょうか。

本当にそんな別の次元が存在するのでしょうか。

 

また、なぜ二人の遺体だけが美しいまま残されていたのでしょうか。

京都の夜、二人の側を通り抜けた者はなんだったのか。

一人称と三人称を入れ替えながら物語を進めたのは、そういう意図があったからです。

 

事実は小説より奇なりと言います。

この物語は空想の世界ですけどね。

 

 

平成二九年十一月二日第二版校了                      旋風次郎