サムネイル
 
今日は朝から
カラリとした日差し、
心地よい秋の窓際の席。

大きな窓は全開だが
風が無いので
穏やかな時間の中にいる。


しかし、
道路を挟んで向こう側には
京浜東北線の線路、
電車が頻繁に行き交う為
通過音は途切れず
耳先に残る振動が
くすぐったくも感じる。



昼に向かって日差しは
少しずつ強くなって
広げていた本にまで
急角度で照りつけきた。

その反射によって
文字はかすみ、
追えなくなった。


眩しさから思わず
窓の向こうの
空を見上げる。

すると、
京浜東北線の上を跨ぐ
歩道橋が丁度
2階の窓際席と
同じ高さになる為、

歩道橋を渡っている人と
目が合ってしまい
一瞬気まずくなった。

心地よい窓際席の
唯一の弱点である。


この大きな窓には
元々カーテンが
付いていなかったから
直接陽が当たるのは
仕方がないと諦めて、

陽の届かない
廊下側の席へ移ろうと
広げていた本にノート
ペンケースやらを
リュックに入れて
席を立った。


僕は、今
図書館の自習ルームで
大学論文の
資料集めをしている。

提出期限まで
あと数日しかないのに
全く進まない…


正直、焦りを通過して
今は絶望という
沼底まで堕ちた。




駅前図書館は
自習ルームが広く
利用者同様、
書籍数も圧倒的に多い。

論文を書く時は
少し遠いが
自転車を走らせ
この図書館まで来ていた。



廊下側の席を見渡せば
さっきまで窓側にいた
利用者の殆どが
廊下側の席へと
移動している。


運良くひとつだけ
席が空いていたので
そこを陣取った。

 
サムネイル





もう2、3冊
資料を見たくて
リュックを席に置き

資料コーナーへ
向かった。


まだ午前中ではあるが
駅前という利便性から
この図書館は人気だ。

受付に本を抱えた利用者が
既に数人並んでいて、
新人と思われる受付が
慌しく対応している。


その奥の新刊コーナーに
設置されている、
一辺が1mはありそうな
正方形の大きなソファーは
座り心地よりも
デザイン性を優先させた
斬新な造りではあるが、
古めかしい図書館と対象に
不思議と馴染んでいる。


そのソファーの
一切にひとりずつ、
きっちりと4人が
背中合わせに座っていた。


側で立ち読みしながら
ソファーにチラチラと
視線を送っている
数人の利用者がいて、

皆揃って
ソファーから付かず離れずの
距離を保ったまま 
今か今かと息を潜め、
空席を狙っているのが分かる。


静寂の空間で行われる
したたかな
大人版椅子取りゲームの
勝敗がそこに在って
おもしろい。


ちなみに僕は
椅子取りゲームが
大の苦手であった。

人から奪うという行為が
残酷に思えて、
すぐ相手に
譲ってしまう。
だから、
負けは早かった。


闘えない僕なのである。

 
サムネイル





資料コーナーに入ると
酢に似たツンと 
鼻をつく匂いがする。

僕が小学生の頃
母がよく
おいなりさんを
作ってくれたのだが、

この時、台所に 
立ち込めていた
酢飯の匂いに似ていて
図書館にくる度に
懐かしくなった。

 
サムネイル




サムネイル
 
大学の講師が
勧めてくれた資料本の
殆どが
貸し出し中になっていて
泣ける。

「テキストで論文
 乗り切るしかないかぁ…」


ガックリと肩を落とし
自習ルームへと戻り、
間に合う自信もないまま
論文作成に取り掛かった。


​   




暫くすると、
突然背後から声をかけられた。


「お待たせ致しました、
 虹色ロールケーキです」


僕はびっくりして
座ったまま、
後ろを振り返った。



すると
先程貸し出しの受付に居た
新人らしき女性が

真新しい
真っ白なエプロンを付け、
左手の銀のトレーに乗せた
皿を右手で取り僕の横に
コトリ。と置いた。

 
サムネイル








サムネイル
 
置かれた皿の上には
カラフルなロールケーキ、
ザラメの砂糖が
キラキラして見えた。

僕が女子だったら絶対
「かわぃー」とか
言ってしまいそうである。

しかし
突然の出来事に慌てた。

「あ、あのう…
 僕、頼んでいませんよ」 


「お間違えないですよ、
 お会計も先程
 済ませておられましたから」


「お会計…⁈」


びっくりしてる僕の横で
白いエプロンの女性は
ニコニコしている。


差し出された、
レシートには
自習ルームの席番号と
図書館の貸し出しカードの
番号が印字されていて
11ケタのカード番号は
間違いなく僕であった。

一体何が起こっているのか?
僕は混乱した。

 
「確かに
 僕みたいですけど…
 図書館内で
 ケーキを食べられる事さえ
 知らなかったですから…」


「そうなんですか?
 でも、周りに他の利用者様
 お一人もいらっしゃらないので
 良かったら
 お召し上がりください。
 お代も頂いている事ですし」


 誰もいない⁈

   僕は再び驚いて
 今度は自習ルーム全体を
 見渡すために
 座ったまま
 椅子を少し引き
 大きく振り返った。


 「いない…⁈
      えっ⁈  僕、だけですか⁈」


 振り返った自習ルーム、
 ついさっきまで
 埋まるほどいた利用者は 
 ひとりも居なかった。

 
 
 白いエプロンの女性は
 相変わらずニコニコ
 したながら

 「そうですね、  
  お一人様です。
  ですので、
  お気になさらず
  お召し上がりください」

  あと
  お皿はそのままで
  結構ですよ、
  避けといて頂ければ 
  下げに参りますので」

 
 軽く会釈しながら
 白いエプロンの女性は 
 自習ルームから出て行った。




サムネイル
 

シンと静まり返った
自習ルーム、
遠くで
京浜東北線の電車が
ガタゴトガタゴトと
線路を鳴らす
音が聞こえる。


夕暮れのはじまりを
感じる琥珀色の陽が
斜めに抜けて
窓の内側に広がっていて、

自習ルームの
真っ白な机や床までも
夕暮れの琥珀色が
ランダムに染めていく。

この美しさを
絵に描けたらいいのに…
と、
絵が下手な僕は思った。









まっすぐ席に
座りなおし、
目の前に置かれた
カラフルなロールケーキを
改めてじっくりと見てみる。

こんなロールは
見たことがない程に
鮮やかな色彩。

やや毒々しさも与える
鮮やかさではあるが、
ほんのりとした品も感じる。

そして
僅かな透明感が
スポンジケーキとは
思えない水々しさまで
表現している。


図書館とロールケーキが
未だに結びつかないが、
図書館限定では
もったいない位
完璧なロールケーキ…


…ふと
記憶に何かがよぎった。

「このカラフルな渦巻き、
どっかで見たような…?」

 
サムネイル




サムネイル
 

下巻に続く