10月16日☔️


昨日の診断結果で抗核抗体の陽性反応が

出たけれど膠原病に関わる因子が

陽性数値をギリギリ下回っていたことで

病名はつかなかった。

こうして、約3週間続いた通院生活は

何のオチも無く終わりを告げた。


無理矢理オチをつけるとしたら

「健康で良かったね」になるのかな。


この1ヶ月の間に3回も救急車で

運ばれたというのに検査結果に異常ナシ。

自分の生命力の逞しさに驚いた。

まだまだこちらの世界で色々な経験をしなさい

ということなのかな。



3週間休んでいた会社に診断結果と、

明日以降の出勤確認のため連絡を入れた。


「お疲れさまです、お忙しいところすみません

 森崎です。センター長はいらっしゃいますか?」 


「はい、森崎さん?! 元気そうで良かった、

 センター長は今、会議中で…」


電話に出たのは同期の手嶋さんだった。

同期で残っているのは手嶋さんと私だけ。


さほど親しくはないが、同期という連帯感で

私と彼女は良好な関係を続けてこれた。

出入りの激しい職場だが、彼女のブレない

芯の強さや時折見せる優しさに

私は何度も救われてきた。


淡々と業務をこなしている彼女の姿は

冷静さを越え、時に冷たく感じることもあるが

常にブレまくる私から見れば

カッコイイ女性、憧れでもある。



「そうですか…ではまた後ほどこちらから

 連絡させて頂きます」


「承知致しました、

 センター長は14時まで会議ですので

 14時以降にお掛け直しください。

 森崎さんから連絡があった事は

 お伝えしておきますので…

 …あっ! 小山さん違うよ、

 それは郵送で対応してください! 

 …森崎さん、すみませんお話し中に…」

 

手嶋さんは後輩の小山さんに

指示を出しているようだ。


「こちらこそ、

 忙しい時間帯に電話して申し訳ないです」


先月、新入社員とベテランのパート事務員が 

立て続けに退職したばかりで

事務室は深刻な人材不足に陥っていた。



私は大手のゲームメーカーに勤務し、

検査部という部署に所属している。

今年で勤続4年目に突入した。

勤務先を知る人たちからは

「超大手だね!」「毎日ゲーム三昧?羨ましい」

「給料良さそう」とか言われてきたが、

あくまでもイメージからのことだろう。


確かに営業の社員たちは華やかだが、

私の所属する検査部は、

ゲームキャラのフィギュアの不良を見極める

という裏方業務。 

フィギュアの傷、着色のズレ、カケを

一体ずつ念入り検査していく。


地味ではあるが気の抜けない大切な業務なんだと、

これまで誇りを持って頑張ってきた。


給与も待遇も決して悪くはないが

検査部の人の出入りもかなり激しい。

ゲームメーカーの華やかなイメージと、

実際の地味な業務に

ギャップを感じた人は即退社していく。

特に新卒採用組の

早期退職は毎年恒例になっていた。


新入社員歓迎会の際には

「誰が1番最短で退職するか?」ということを

毎年見事に言い当ててしまう

山本さんというおじさんがいる。


「顔見りゃ、スグ分かるよ」って言うのが口ぐせの

山本さんは「エスパー山本」と呼ばれているが

本人は知らない。



対策として、制服を有名デザイナーに依頼して

オシャレな制服に変更された。

しかも、春夏秋冬で計4パターンもの

それぞれの四季に合った制服が用意された。

制服が華やかでオシャレになったことで

女性社員からは高評価を得られたが、

男性社員からの反応はイマイチだった。


案の定、スリムな個人ロッカーは

4種の制服だけで溢れた。

通勤着の私服が

全く入らなくなりクレームが殺到。


そこで会社はロッカーを倍に増やし、

1人に対して2本のロッカーを用意した。

しかし、セキュリティ強化のため

それぞれに違う暗証番号を使用するように

指示を受けた。が、暗証番号の誤入力が多発した。

これらにより再び批判殺到、

クレームの嵐となってしまう。

 

「ロッカー増設するくらいなら

制服の種類を減らせないのか?」

「暗証番号をそれぞれに変えるメリットは

本当にあるのか?」と言った意見があり

私も激しく共感した。


私の個人的な意見としては

有名デザイナーの制服にしたところで

退職者が減るとは思えないのだが…

会社を3週間も休んだ私が

偉そうに言える立場じゃないけれど。



「お忙しい中すみませんでした。

 ありがとうございます、また連絡させて頂きます」


電話を切ろうとしたら、

「あの!森崎さんちょっと待って!」


私は慌ててスマホを握りなおした。


「森崎さん、暫くお休みしていたから多分

 ご存じないだろうと思いまして…」


「えっ? 何かあったんですか?」


「センター長、今月末で異動になることが

 急遽決まったんですよ…

 社内でトラブルが発生して…」


「え!! そうなんですか?」


私が社内で1番信頼していたセンター長が

異動になるなんて…しかも、トラブルって…?

あまりにも急な展開でかつ、謎過ぎる。

質問しようとしたが手嶋さんは

それを遮るように一方的に話しを続けた。


「…詳細は時間が無いので今は控えますが、

 トラブルに関してのヒアリングを

 全ての社員に現在行っている最中です。

 森崎さんにも休養期間明けに

 ヒアリングを行いますので、

 よろしくお願い致します」

 

「承知致しました…」


「お伝えするのを忘れてしまいましたが

 診断書のコピーを用意してください。 

 次回出勤時に提出を

 お願いすることになりますので」


「分かりました、色々とありがとうございます」


「森崎さん、お大事になさってくださいね」 




突然の展開に理解しようとすればするほど

頭の中は、ごちゃごちゃになっていく。

 

社内のトラブルが1番心配だけど…


何よりも悲しかったのは

少しだけ気になりはじめていた

憧れのセンター長が

異動してしまうことだった。



「恋になる前に終わってしまった…のかな」



〈続く〉