2021/12/23 vol49.


久しぶりのブログ更新。

気が付けばあっという間の12月。あっという間に2021年も終わる。年齢を重ねるたび、時間が経つのが早く感じるのは気のせいでしょうか。。。


▼一番印象に残っているもの


今年一年色々な生産者さんのやさいを食べさせていただいて特に印象に残ったものが、

とある生産者さんの春菊。お店に並んでいる時の春菊の佇まい、梱包の美しさ、放っているエネルギー。

明らかに異質でその方の春菊だけが際立っているようでした。

食べる前からこんなにドキドキするのは久しぶり。

家に持ち帰り食べてみると、


お、お、お、おいしい。。。。

なんだこれは。。。


調理するのも忘れてほとんどそのまんま食べてしまった。そのくらいにおいしくて心から衝撃を受けました。


▼だけど浮かび上がる気持ち


その春菊はきっと点数をつけるとしたら間違いなく💯

このようなチャートで表すとしたら全てが満点になるんじゃないだろうか。



あまりにも美味しくてもぐもぐ、もぐもぐと食べ進めていくうちになんかふと、自分の中で色々な考え、問いが出てきて。


それは自分がやさいを育てた時にどのようなやさいをイメージして、やさいと寄り添っていきたいのかという事。


僕が新規就農した時にイメージするのは、こんな感じ。


全てが満点のやさいよりもどこか偏ってる。

それはもちろん怠けたいとかやる気がないとかではなくて、やるからには全力で!

だけどどこか人懐っこさや人が入る隙があると言うか。そんなイメージ。


▼きれいな○じゃなくても良い


つまるところ何が言いたいのかと言うと、

その人以上のものはやさいに反映されるはずが無く、

その人でしか無いと思うから。


自分も完璧な人間なんかじゃ全然ないし本当にたくさんの人に迷惑をかけて生きてきて、至らないところだらけ。


周りの仲間も大切な人を見てもみんながそれぞれ悩みを抱えて、色んな思いや苦悩をしながら生きている。

どうしようもない部分とか人からしたらそれってどうなの?って思う部分もたくさんあるけれど、

僕にはそーゆー人がたまらなく魅力に感じるんです。


その方が人っぽいし、好きになる余白、伸び代がある。


きれいな○じゃなくても良いじゃん!

ってすごく自分も周りの人も見て思うから。


ぼこぼこしたり、1箇所だけものすごい凹んでたり、逆に突出してたり。

どうしようもないほどのありのまんまを出して、

自分なりの凸凹した形を目指していきたい。


人間としてもやさいの味だとしても。


そして、周りの仲間、これから農業を通して関わっていく人たちにもそんなことを表現して伝えることができる農業者で在りたいな。


そのまんまでいいんだよーって。

そのまんまが素晴らしいんだよーって。


そんな風に思わせてくれた春菊に出逢えたことに感謝が溢れる時間となりました🙇‍♂️

(それにしても本当に美味しかった)

何が正解かもわからないし、そもそも正解もないんだろうけど僕はそんなことを信じながらこつこつ進んでいこうと思います。


やっぱり本物に触れる時間ってすごく大切。