第三子が生まれたけど相変わらず次男が可愛い

• まましちゅーつくってくれたね、ありがとうね、まーま

•〇〇ちゃん、ままのとこ、だーいすき

•(誕生日以外でケーキを食べる時に)はっぴばーすでーとぅーゆーじゃないの?

•(誕生日の時)準備中にも関わらず、勝手にハッピーパースデーを歌い出し1人で食べる気満々

•ものを探せない。いつも何かを探している。

目の前にあるのに気づかない。


今日、母乳外来(2週間検診)行ってきた!
右は飲めるけど、左は嫌がることを助産師さんに伝えて、じゃぁ見てみましょうか。となったらあれあれ不思議、すんなり左の直母5分。感動〜
いつも超イヤイヤするのに本番に強いタイプか?!

嬉しい。

そして何よりも嬉しい体重測定で初めての成長曲線内!!
兄達は一日50g増えていたけど、第三子は一日20g。増えすぎず少なすぎずちょうど良いとのこと。嬉しい…

まぁ上の子達は本当に体が強くて風邪ひかなかったから、大きいメリットもあるんだけどさ。
一度標準体重の子を育ててみたかったのよね。2人とも3ヶ月で9キロとかだったからなぁ。すぐ10キロいっちゃったのよね。

第三子、眠り姫ってくらい日中よく寝ます。

唯一お風呂後から0時くらいがずっとふぎゃふぎゃの覚醒タイム。

まとめて3時間から4時間寝るので助かる〜

次男の記録を改めて見たら、一度に寝る時間は1時間とか50分とかで、1日の総哺乳量も100ml以上多かった🤔既に違いが出てますなぁ。

ほんと一度でいいから成長曲線範囲内の赤ちゃんを育ててみたい。笑。兄達は1ヶ月で既にはみ出てたから。


基本まだうまく吸えないから、搾乳したものをあげているけど昨日初めて直母で寝ました。うれしー!

次男は直母練習2ヶ月くらいかかったのよね。

泣いて嫌がったなぁ。

だから、初めて30分寝た時はすごく嬉しかったのを覚えております。


あと、3人目育児で嬉しいのは、これまで使っていた育児グッズが大活躍すること!地味にとっても嬉しいのよね〜。

自分のブログ読んでて泣けた、、、

ものすごい覚悟しとる。

我ながらものすごい決意と行動力。笑


2年前の私へ。

ジルは大変元気です。夜の「お腹すいた」攻撃が大変です。最近ちょっとトイレを失敗しますが、元気で生きてくれてるのでトイレシートを活用して被害最小限にしています。

私の腕で寝ている時、そのままベットでおしっこすることもあるし。何かを訴えたい時に反抗おしっこすることもあるけど、ジルがまだ元気に生きてくれていて私はとても幸せです。


クロのしつけは成功してジルと仲良し。



あれから、旅行も行ってたくさん思い出もたくさん作ったし、もちろんこれからも作りたい。

定期的に写真館で家族写真も撮れてるし、そしてもう1人ジルの家族も増えたよ。

マタニティであれば、家族7人で写真も撮れた。ベットも撮影可能なプランで一年プラン契約したから、お宮参りのタイミングで7人の写真取りに行こうね。

この子がジルを認識してくれるまで、ジルが生きてくれるといいな。

第二子が「ジル」って呼んだ時嬉しかったな。

私の一つの目標だったから。

それが第三子が「ジル」って呼ぶまでが視野に入ってきたんだから、ありがたいよね。

日々感謝。毎日毎日ありがとう。

ジルが生きてくれてるだけで、毎日ハッピーラッキー!!


写真の数は、下に行くほど少ないと言いますが、、、うちは逆かもしれない。

第一子の時は命の重みが直撃してそれどころじゃなくて、写真が超少ない。第二子はその反省を生かして写真を撮るようにしたけど、それでも見返すと「これしか撮ってないの?」って思うのよね😅

第三子は可愛すぎて写真撮りまくり!!!

かわいいなぁ!!!!



そして、ただ今おっぱいを吸わせる練習や三時間おきの搾乳などで心が折れそう。

そうだった。出産入院の大きな目的ってこれだった。第一子はNICUにいってしまったため、母子同室はなく第二子の時は傷が痛すぎて身動き取れなかったのでほぼ子供は新生児室にいた気がする、、、

というかほんと第二子の赤ちゃん時代うっすらとしか覚えてなくて笑える…。

なんでこんなに覚えてないの…

何が大変だった方が覚えてない。

笑顔が可愛かったな〜大きかったな〜、もっと抱っこで意味なくお散歩でもおでかけすればよかったな〜くらい。。ふわっとしすぎである。


あと12時間程度で退院だ!!!!!

早くみんなに会いたい会いたい会いたい会いたい。

家に帰りたい。

退院日が1日前倒しになった。
割と周りで「早めに退院する?」と聞かれた人たちは、「家は大変なので、早め退院はしない」と回答していて、そんなもんかーと。
私はもう今にでも帰りたい!!!

早く次男と犬達に会いたい!!!

改めて思ったけど、私は家族が大好きだーー。


写真は持ち込んだ今回持ち込んだクッキー缶。ご飯が味気ない病院食なので、たまに食べるととても幸せだけど、この病院食の献立は、自分の家で作るメニューや組み合わせの参考になるなぁと🙂
帰ったら料理頑張らないと。。
息子達が毎日外食or餃子
(ちなみに、同室のだんなさんも「毎日餃子やん」って突っ込まれていて笑った。うちも白米+餃子を食べてる写真が送られてきて、ちゃんと料理してー!!と思った)

残り30時間!!!
と考えるとあっという間か?

名前のことは、私にとってずっと心のどこかに引っかかっていたテーマだった。

結婚するとき、本当は祖父母の苗字を引き継ぎたかった。  
大好きだった人たちの名前を、これから先もつないでいきたいと思ったからだ。

けれど当時、夫は自分の実家にそれを言い出せず、  
祖父も「気持ちだけで十分だよ。それで結婚がなくなるほうが私は嫌だ」と言ってくれた。

その言葉に背中を押されて、私は夫の苗字になることを選んだ。

後になって知った。  
実は夫は義実家に相談していて、「そんなばかなことを言うなら結婚はなしだ」と強く反対されていたということを。

それを聞いたとき、私は激昂した。  
そこまで言われるなら、結婚しなかったわよ、と。

怒りというより、  
自分の大切な思いが軽んじられたような悔しさだったのだと思う。

けれど、人生は不思議なもので、  
形を変えて願いが戻ってくることがある。

今回、女の子が生まれた。  
名前を考える中で、どの候補も画数がしっくりこなかった。  
そんなとき、ふと浮かんだのが、おばあちゃんの名前の一部と、生まれた日の「桜」を組み合わせる案だった。

調べてみると字画も良く、夫も賛成してくれた。

結果として、私は「名前を受け継ぐ」ことに成功した。

苗字では叶わなかったけれど、  
もっと個人的で、もっと祈りに近いかたちで。

名前にその字が入っていれば、きっと自然に話すことになる。  
「どうしてこの字なの?」と聞かれたら、大好きだった人たちの話をするだろう。

それは、とても大事なことだと思う。

人は、忘れられたときに本当にいなくなるのだと感じることがある。  
だからこそ、語り継ぐこと、思い出すこと、名前を呼ぶことは、  
小さくても確かな継承なのだと思う。

私は、対立で勝ち取りたかったわけではない。  
ただ、愛していた人たちを、未来へ渡したかった。

今回の名付けは、  
その願いが静かに実った瞬間だった。

そしてそれはきっと、  
娘が生きていく中で、何度も優しく思い出される物語になる。
今回の出産で担当してくださった女性医師のことが、本当に大好きになってしまった。  
自分でも驚くくらい懐いている。笑  

とにかく、かっこいい。  
圧倒的なオーラがあるのに、親しみやすい。頭の回転が速く、何よりも実力がある。そしてそれをひけらかさない。術後の経過も驚くほど良好で、「神」と思ってしまうほどだった。

私はこれまでに三回、別の病院で帝王切開を経験している。

一回目は、手術中に医師同士の親子喧嘩が始まり、「だからてめぇはだめなんだ」など罵声が飛び交う中での出産だった。恐怖しかなかった。その後、長男は呼吸が早いという理由でそのままNICUへ搬送。無事だったけれど、あのときの心細さは今でも忘れられない。

二回目は、新任の先生が執刀していたようで、手術中に「あれ?おかしいな」、後ろから「おい、それは違うぞー」というような声が飛ぶ。身体を預けている側としては、不安しかない時間だった。

術後の痛みも強烈で、10段階で言えば常に10。二回目は特にひどく、指を動かすのも痛いほどだった。さらに傷はケロイドになり、2回目の医者(執刀医ではなく見守っていた方)な、「きれいに治しますね」と言われて期待したものの、傷口の出血がひどく痛みを訴えても「産科でできることはない」と言われ、1か月健診で出血を伝えても特に対応はなく、結局自分で皮膚科を受診してなんとか落ち着かせた。それでも傷は悪化し、ケロイド化してしまった。

正直、もう諦めていた。

そんな中で迎えた三回目。
今回はNIPTで担当してくれた先生が、「お久しぶり!私がやるから!」と声をかけてくれた。明るい人だったので良く覚えていた。「私がここで1番上の医者なんだけど、今回2年目の研修医を入れるから。しゃべりながらやるけどしっかりやるからね」とわざわざ事前にコメントをくれた。

しかも、手術前から「傷口はなるべくきれいにしてあげたいから、3か月後も見せてね」と言ってくれた。  
その一言だけで、これまで大事に扱われなかった感覚が、ふっとほどけた気がした。

手術中も穏やかで、研修医に教えるときも落ち着いていて、決して患者を不安にさせない話し方をしていた。今どういう状況かを私にもきちんと説明してくれる。その空気の中にいるだけで、安心できた。

そして驚くことに、術後の痛みがほとんどない。  
あれほど恐れていた痛みが、今回は全く違った。先生の技術なのか、麻酔なのか、きっと両方なのだと思う。(やはり麻酔科医がいることは大事!手術中も気持ちが悪くなったけど、気持ち悪いと伝えたら何かを操作してくれて気持ち悪さは消えた。ちなみに2回目は気持ち悪いと伝えたら吐いてー!といわれてたくさん吐いた)

本当に仕事ができる人は、威圧的ではない。  
「バリバリできます」という雰囲気ではなく、むしろ穏やか。なのに、あ、この人は本物だ、と自然に伝わってくる。

私もこういう人になりたかったな、と思う。  
職種はまったく違うけれど、在り方として憧れる。

今回の妊娠・出産は、トータルで本当に良い経験だった。  
30歳から40歳のあいだに、知らず知らず溜め込んでいた闇や膿のようなものが、この一年で一通り出た気がする。そして、その先の光も少し見えた気がする。

私は基本的に、がむしゃらに生きながらも流れに身を任せるタイプ。
それでも振り返ると、ちゃんと意味のある出会いがあって、ちゃんと回収されていくものがある。

人生って、おもしろい。

今回、安心して命を迎えられたこと。  
穏やかな記憶として残せたこと。  

それが何より、ありがたい。

今回、長男が英検準2級に合格。

正直に言うと、私はずっと「英検=昔のまま」という感覚で止まっていました。

リスニングとリーディングと面接、というイメージのまま。

ところが土壇場で、

・ライティングが思っていたより重要

・しかもEメール形式がある

・スピーキングも独特の問題の型がある

ということに気づき、かなり慌てました。

完全に認識不足。

前日にEメール問題の存在に気づき、急いで型を整理。

スピーキングも「これ英検特有の癖あるな」と気づき、過去問を6時間ほど一気に回しました。

なぜか次男がその日に限って長時間昼寝をしてくれて、奇跡的に集中時間が確保できたのも大きかったです。


完全に一夜漬け寄り。笑


同時期に起きた「英語D事件」

ちょうど英検を意識したタイミングで、二学期末の成績表。

英語特進クラスなのに、英語でD(頑張りましょう)がついている項目がありました。


「え?なんで?」と正直かなり動揺。

原因を探るために英検のライティングをやらせてみたところ、見えてきたのは「文章力の雑さ」でした。

・知っている確実な単語を使わない

・耳で聞こえたままの適当スペルを書く

・一文にスピーキングのように詰め込む

・見直しをしない


丁寧さが足りない。


能力がないというより、書き方の姿勢の問題だったように見えました。


英検対策がハマった理由

英検のライティング対策では、とにかく


・型を固定する

・一文を短くする

・主語をぶらさない

・スペルを確認する


という「丁寧に書く練習」を繰り返しました。


それが、学校の評価項目にそのまま刺さったようです。


三学期、同じ項目がAに。


DからAはかなり熱い展開。


本人も「ここが苦手なんだ」と自覚したようで、


・昼休みの有志英語勉強会に参加

・今まで適当に出していた課題をきちんと仕上げる


と行動が変わっていきました。


これは親が言ったからというより、自分で気づいた変化だったのが大きかったと思います。

TOEFL中心から英検へ

わが家はこれまでTOEFL系中心で考えていて、英検は「日本式だよね」という距離感でした。


でも今回、英検の「型を守る訓練」が、本人の弱点と見事にかみ合いました。


英検そのものよりも、


・丁寧に書く力

・型に沿って整理する力

・見直す習慣


このあたりが鍛えられたことが大きな収穫だった気がします。


結果として合格も取れて、学校の評価も上がって、相乗効果。





親としての学び

・試験の形式は必ず最新情報を確認する

・苦手は「能力不足」ではなく「やり方の問題」のことがある

・丁寧さは才能ではなく訓練


今回かなりバタバタでしたが、振り返ると良いタイミングでした。


英検準2級合格ももちろん嬉しいけれど、

DからAに上がったプロセスのほうが、実は価値が大きいのかもしれません。


これは忘れないようにしておきたい出来事です。



大好きなさくらの日に、女の子を出産しました💕

いろんな意味で、わたしの人生の伏線大回収となりました。また、どこかに書いておこうかな。

まずは、産まれてきてくれてありがとう。