いつかきっと~起立性調節障害からの足跡~ -22ページ目

いつかきっと~起立性調節障害からの足跡~

いつかきっと元気だったあの頃が戻ってくるよね。

真っ暗だったトンネルに小さな光が見えたから。


今日は暑かったせいか、締め付けられるような頭痛がした。

鎮痛剤は飲まずにすんだから、よしとするか^^


テストに向けて、また明日から勉強がんばる!!


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前記に、中3の秋の出来事を書きました。

ODになり3年間、どのような時間を過ごしてきたか、少しずつ書いていきたいと思います。


私は、今もなお病院へ定期的に行き薬も飲んでいます。

最近また、心理相談へも通うようになりました。







症状がでたのは、中学3年生の秋でした。


陸上をしていた私は、最後の中体連を終え秋から始まる駅伝大会にむけて毎日練習をしていました。

部活もまだ引退しておらず、そのため、後輩の新人戦の補助員として大会へ参加した帰りでした。


競技場から家まで車で30分。

何ともない道のりなのに、その日私は車酔いしました。


家に着くと、具合は更に悪くなり「吐いたらすっきりするよ」と言われても吐けず…

酔い止めを飲むもよくならず、その日は早めに寝る事にしました。


しかしベッドに横になると、吐き気が更に酷くなり、なかなか寝付けなかったのを覚えています。


次の日になっても、胃のむかつきは取れず、ただの車酔いじゃないかもしれないと母に言われ、数日後に病院へ行ったと思います。


かかりつけの小児科の先生に診てもらったところ、「原因はわからない」と言われ、その日は吐き気止めの薬をもらい家へ帰りました。


その後の記憶がとても曖昧で、学校はどうしていたか、授業はどうして」いたか、覚えていません。


ただ、吐き気止めを毎日飲んでいるにもかかわらず、一向に良くなる気配がなかったので、処方箋を見たところ、副作用の欄に『吐き気』と書いてありました。


吐き気止めの薬なのに副作用が『吐き気』だなんて…と(^_^;)


その後、薬を飲むのを止めたところ吐き気もおさまり、なんだったんだ、と呆れました。


結局、元のように元気になったのは、あの車酔いをした日から約2週間後でした。







はじめまして。

起立性調節障害(OD)になり、3年が経とうとしている高校生です。

理解してもらう事がとても大変なこの起立性調節障害。

私自身も、この3年の間で沢山悩み、沢山苦しみ、沢山の涙を流し、やっと少しずつ希望の光が見えてきました。

光の見えない洞穴にいた時間はとても長くて、とても辛い時間でした。



そんな私が、このODという大きな山を越えるまでの足跡をここに残そうと思いました。(とはいっても、もう3年が経ってしまいましたが…)

ここでは、私が思っていたこと思っていることを綴っていこうと思います。包み隠さずに。

OD患者にとって、理解者というものが何よりも大切なのです。

OD患者をもつ家族の方、身近にいる先生方に、少しでも理解していただけたら…と思います。



いろ