kellyのブログ



わたしがいたスタジオは、ファッションの撮影が主体で
私も、ハイファッションから、コンサバまでいろいろな撮影を見てきました。
3年くらい前が一番裕福な時期で、
そのころは海外のハイブランドの、奇抜な服が毎日毎日たくさん運ばれてきて、
何十万円もするバッグやドレスやジュエリーに毎日圧倒される日々でした
しかし、バブルが崩壊して、
世界的な不景気にヨーローッパのハイブランドも売れる服を作るようになり、撮影の規模も縮小して、
あのころ撮っていた「ファッション」ってなんだったんだろう?と思いました。


日本人にとってのファッションってなんだろう?
私が目にしてきたファッションという文化はこんなに簡単にお金のあるなしに流されてしまう
脆弱なものだったのだろうか?
そもそも日本人って、なんだろう?
日本人の、本質とは?


そんな事を考えていた頃に撮ったのがこの写真です。
仕事でふれる写真とは間違いなく真逆の位置にいるこの写真。

とても新鮮で大事に育てられたしめじは、地方に住む食べ物をつくる人たちの愛情を感じます
そして都心で売られ、そこに住む人々によって食べられる。

スーパーで食品を買うのは当たり前の事ですが、
そんな当たり前の暮らしと食欲という基本的な欲求の中に、
一部の世代であったり、富裕層であったりという、一部分の本質ではなく
日本という国に住む人々のもっと大きく包括的な本質を感じて、撮ろうと思ったのだと思います。




(…言葉より写真に力がありすぎて、なんか滑稽。でもそれはいいこと?)





私はものを撮るのがすきなのですが、
ものを通して、それを作った人やそれを欲しいと思う人と
物理的な距離感を越えて、対話している瞬間が、ものを撮るのが楽しいと思うゆえんです。

無意識の中で他者や、人、時にはそれ以上のものと一体化するような瞬間を、
これからも撮り続けようと思います。まる!