高校、大学とラグビー漬けの生活を終えたとき、多くの方が声をかけてくれた。

 「お疲れ様」「頑張ったね」

 どの言葉もありがたかった。ただ、一人だけ、思いも寄らぬ言葉をかけてきた。

 母だった。

 あれから、10年あまり。選手から、高校生を教えるコーチになった。

 高校生のときには、親が試合をみにくることは、ほとんどなかった。親子ともに距離を詰めすぎることに、気恥ずかしさを感じるような時代だった。

 今、親は積極的に部活動にかかわる。会場への送り迎えから、飲み物の準備まで。部員よりも、観戦する保護者が多い会場に、違和感さえ覚えるほどだ。

 母親たちは、子どものプレーの一つ一つに反応する。

 「止めてー」「いけー」

 子供を通じ、ラグビーに楽しみを感じている。そう思い込んでいた。

 先日、保護者会に出席した。部員の母親たちは、試合を見にくる理由を話した。「そう、そう」「そうなのよ」。みんな、同じだった。だが、私にとっては十分に新鮮だった。

 「怪我したら、すぐに病院に連れいけるから」

 いつになっても、母親は、きっと変わらない。

 私がラグビーをやめたときの母の言葉を思い出した。

 「もう、これで心配せずにすむわ」

 7年間、ずっと怪我をしないように願ってきたのだ。

 自分勝手な息子は、親不孝であり続けた。

 泥だらけのジャージは洗濯機にかけられない。泥が詰まるから、手洗いが必要だ。風邪を引いても練習を休むと先輩にいえない息子。練習後に40度近い熱を出したら、あわてて病院に連れいってくれた。

 だが、息子は、ほとんど母親を試合に招待したこともない。そのことを後悔することが今もある。

 私が教える高校の部員の一人は家に帰ると、ラグビーのことをあまり話さないそうだ。ご飯を食べると、自分の部屋にこもってしまう。

 そんな部員が最近、母親と向き合って言ったそうだ。

 「お母さん、今年は連れてっちゃるよ」

 そこは花園なのか、どこなのか。

 そんな違いは、どうでも良い。

 母親が、誰に自慢したいからでなく、自分がそうしたくて、どうしようもなくて、わが子のことを話しているからだ。

 あの親不孝な息子より、17歳の少年は早くも気づいているのだろう。遥かなる母の視線に。

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