中学生という多感な頃ということもあったと思います。

引っ越してきてしばらく、山梨(韮崎)になじめず、夜になると涙が自然と流れてくるしょぼん日が何日もありました。


何になじめなかったか・・・


ひとつは、登校初日職員室に入り、黒山の人だかりで興味の目で先生から生徒たちにまで見世物のように扱われたことガーン

まぁ、、無理もない転校生なんてありえない土地柄ショック!

まさに、パンダが動物園にやってきた状態目


かといって、田舎者の集まりだからジロジロ見ても、はなから輪に入れるわけではないプンプン


ものすごい閉鎖性を感じました。


なにしろ名古屋では、転校生なんて珍しくもないし、非常にオープンな土地柄でしたからかお


そこにきて、名古屋では本当に自由な校風だったこともあり、田舎の学校の制約の多さには閉口というかうんざりさせられることばかりプンプン


自転車乗るときは、ヘルメット着用シラー

制服はカンコウ学生服のみ、登校後は着替えてジャージで過ごすシラー

頭髪は坊主シラー

部活はmustシラー

などなど・・・


学生服なんか、いきなり変えなくちゃいけなくなったし、髪も坊主にさせられたあせる

何故か、学校では体育以外も全てジャージあせる

弁当から給食に変わり、給食当番以外は真冬も真夏もロードワークで走らされるし(意味わからん)あせる

塾に行く人など学年で2~3人。全員部活に強制的にいれられるあせる

和(輪)にもなかなか入れてもらえなかった。。。汗


心底、「なんなんだここは!!」叫びでした。


親父の故郷ということもあり、親には愚痴1つ言わなかったと思います。

でも、方言(言葉)も、これまではその土地土地の言葉を受け入れてこれたのですが、山梨だけは頭から受けれられなかったショック!


数ヶ月は、苦労したのを覚えていますダウン


まぁ、いつしか徐々に適応して行ったのですが得意げ


そのあたりのことは、またパー