人生4回目の引越しで誕生の地仙台に戻りました
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前述したように仙台はおふくろの故郷であり、仙台には生まれてから可愛がってくれた爺さんが居たので
週末のたびに泊まりに行っていました
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ほんとうになんでもわがままを聞いてくれる~子供心に1番の理解者であり、味方だと思っていました。
結局仙台には小学校2年の2学期から6年の2学期まで4年間いましたが、1番の思いでは爺さんと過ごした時間でした。
バスクリンが入ったいいにおいのお風呂
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うちでは見れなかったドリフターズの番組
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当時珍しかったミニバンでのダム釣り
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今思えば、爺さんには鯉釣り、鮒釣りを教えてもらいました。
とくにわかざぎ釣りはとても面白かった・・・![]()
そして1番うれしかったのは、小学校6年生のときだったと思います。
当時発売したばかりのあの「任天堂ファミリーコンピューター」
を買ってくれたのも爺さんでした。
当時まだ誰も持っていませんでした。
カセットが、ドンキーコング、マリオブラザーズ、麻雀、ベースボール・・・その他1~2種類くらいしかなかったと思います。
そして爺さんは若い頃仙台刑務所の看守で、やくざ者も恐れないツワモノ
だったらしく刑務所の話もいろいろ教えてくれました。
暴走族ともよく喧嘩していました![]()
そして、田中角栄が好きでいろんな本を読んでいたのも覚えています。
歳をとっても、革ジャンでバイクに乗り、ラッキーストライクのタバコをふかしている、当時で言えば「ハイカラ」なおじいさんだったと思います。
爺さんの思い出話になりましたが、やはり私にとって出生地であり故郷といえば今でも仙台です。