スーパーブラックジャック 用ポスター ABYRWUTZ
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※今件の内容はまったくの私の私見です、ご了承ください!
ついにこの俺様がこの問題に切り込んでみようと思う。
あの性的にみえるとかどうとかの広告ね。
散々語り尽くされて、火も消えかかっているので、
突然ですが、今件とは逆で性的な露出を含んでいるのに、そうは見えないパターンがある。
『スーパーブラックジャック』というパチスロ機に出てくる。『
ご存知だろうか。可愛い感じの女性キャラで、ファンも多い。
このキャラがまあ、性的でないの。胸元が空いたへそ出しの、
(ディーラーという設定)という出で立ちであるにも拘わらず、だ。
性的でない、と言うより可愛さと爽やかさ、
性的に目がいかない、と言った方が正しいと思う。
この描き手さんの絵をネットで見たのだが、どれもそう感じた。(どのきゃらも笑顔が素敵なの)
「何言ってるんだ、あれが性的見えないお前の頭がどうかしてるんじゃないか⁉」
とおっしゃる方もいるでしょう。
しかし、頭がどうかしていてもいじゃないか。私はそう受け取ったのだ。
受け取り方は人それぞれだ
どうでもいい話になるが、
絵を描こうとしたら、赤面するくらい恥ずかしいので、
そういう心持ちがきっと現れるだろう。
今件を含め、生まれたキャラとは生んだ人に拠るものとなる、
キャラたちの後ろにかクリエーターがいるからだ。
なぜ、ああいったキャラ達、CMに出てくるキャラ、
(やたらキラッとした名前の)
それは描き手がそうだから。
もうそういったことになると思う。
「じゃあ、なんだ、絵描きはスケベなのか?」
「ああ、そうだ!」
スケベに限らず、我慢してるいろんなみたされない欲を、
逆に言うと、性的な部分を出したくない作品を発表させたいなら、
性的に満たされた描き手に依頼してみたらどうだろう。
思うのだが、あれはどういう基準で選び出しているんだろう?
例えばの話、女性キャラをなにか作り出したいのであれば、
既婚の高年の女性に依頼してみてはどうだろう?
男性キャラには男の描き手さん。
しかしそうすると、もしかしたらキャラクターに魅力がない、
輝きがないキャラになる、かもしれない。
なぜなら先程も言ったとおり画く人はリビドー満載だからだ。
もちろん性的だけが、人間の魅力ではない。
美や、そのキャラの素晴らしさ(私がRioに感じたように)は
もっときっと、
そして見せる方である依頼される描き手の方ももっともっと精進し
素晴らしいものを作り出していけば良いのではないだろうか。
むろん、クリエーターさんには最大限の敬意を払うのは当然だ。
(しかし最近ほんとにこういったアニメ(
溢れていて、少々食傷気味な感は否めない)
そのうちいのべーしょんしようかと考えているような、いないような。
その名も『じょっじめんとシステム』
労働で、出来る人がますます出来る、出来ない人はますますできない。
という偏りを是正させたい
そのシステムは、こうだ。
労働はどうしても、できる人に仕事がいって、そうでない人にはいかない。
量的に偏ってしまう。仕事が山積してくる人にとっては、もちろんバリバリやるのも良くてやりがいもあるだろうが、
過密な仕事にどうしても不満が出るでしょう。それに休む暇も無いというのは、良くない。
必ずある程度休むべきだ。
また、仕事の出来ない人とは、できないから来ないのだとしたら、最高のポテンシャルで
仕事をできる範囲でそれより少し負荷をかければ、そのジョブの達成により労働の
喜びを得られ、ますます仕事をやるようになる。
これで、働いてるみんなウインういんだ。
やり方は、もう、ウェアラブルデバイス的なAIチックやつで、普段の仕事の達成度や、出してきた結果を計測し、
仕事ができない側にある程度(無理なく且つ少し頑張れば出来るくらいの)負荷をかけ、
頑張っていただく。AIなので、きっとその人の成長にあった量をはじき出す。
(出来ない人と出来る人を決めず一律にウェアラブルを付ける)
一方出来ていた人は、量自体は減る、が、出来る人は出来る人で、休養をとりつつ、なにか探すし、
別の展開を考え出す、仮にこのシステムで、出来る人ができない人になることはないだろう。
これで社員全体が成長することになる
働きアリの8:2の法則は、このシステムで、概念がひっくり返ることになるでしょう
どうでしょうか。ひとつ御社に導入されてみては?
これで毎期増収増益増産カバさん間違いなし!!
ちなみに 『じょっじめんと』とは
ジョブ+ジャッジメントの造語だというのは、すでにお気づきであろう。
先日探しまくってやっと
ゲットしました。
THE BOOM 「サイレンのおひさま」
といっても、このアルバムがほしかったわけではなく
作品にある最後の曲をさがしていたわけです。
最寄の本屋さんがCDレンタルをやらなくなりまして、
そのつぎに近い本屋のCDレンタルやさんにいったのですが、
そこにあった唯一の作品のベストアルバムが見事にレンタルされてました(><)
そして中古やさんにいったら、なんと!あったのがこの作品でした。
「気球にのって」があるのを見つつ、「釣りにいこう」や「なし」が
あったので、こいつは買いだな、ということで車の中で聞いてみたのですが、
いいですね(^^)
このBOOMのこの時代のロック感というかパンク感というか泥臭いけど魂こもっているよ感!。
すごく昔懐かしく聞いていたのを思い出しました。まあ、すごい昔の作品ですが。
帰ってYOME氏にそんな昔のノスタルジーを語っていると
(というかYOME氏はよく知らないので、「『島唄』を歌っているバンドだ
」と私が注釈した)
「ああ、あの子供が朝ドラ出ている人ね」
って、
ええっ、何そのキラキラ情報!
いまそんなんになっていたの!?
なんかノスタルジー的な泥臭いパンク感が消えそう・・・
そんな
逆立ちすれば答えがわかるようなからたちのみち
な、もう
好きにしてよ
なお話でした。
2024年も差し迫って来ました。
本を読みました
「株式会社の世界史」(平川克美著)です。
わかるんです。私も小さい頃叩き込まれました。
お金儲けはよろしくない。清貧の思想。とらさんの世界
(今でも時々観たりします)
そういうことを言う家庭は間違いなく貧乏です。
しかしです、やはりお金がないことで、私は小さい頃
コンプレックスがたんまり染み込みました。
だって小さい頃なんて所詮物的なものが幅を利かせている世界ですよ。
私はお金が気になりだしました。そして倹約しつつお金を貯めたくなってきたのです。
それは大人になって(奨学金返還して)なんとかやっとかっと
生活していけるようになったとしてもです。
むしろ年々お金に執着し、FPの資格を取ったり、投資の勉強に勤しんでいます。
と、いうことです(どういうことだ?)
話は変わって
私のYOME氏は正直学業がよろしくなかったです。
小学校の頃それもあってか、小学校の時代はとてもいやな
思い出しかなかったとのことです。小学校だけでなく学生時代全般です。
子供が不登校児童なのですが、その際において
学校とのやり取りが生じるのですが、それが
もう嫌とのことです。アカデミックな学校関係は見たくない聞きたくない
気分なのでしょう。
(フリースクールや不登校の父母の会みたいなのは大丈夫みたいです)
大半のやり取りは私がやっています。
学校に対する対応なんて、そう深く考えなくてもいいのでは
と私がいうのだが、なにかが嫌なのでしょう。
そして気づいてしまいました
ああ、これって小さい頃のコンプレックスだ。
そして、小さい頃のコンプレックスは
どこまでいっても小さい頃のコンプレックスなのだ。
どうあっても回復しないものだし、なかなか他人には
理解してもらえない点がある。
つまり私が小さい頃感じたお金がないコンプレックスは
いまでは投資の起爆剤(?)になっているし、
YOME氏が小さい頃感じた学がないコンプレックスは
現在の学校嫌悪に繋がっているのだ。
因みに私は学はできた方(少なくとも学校嫌いではない)、
そしてYOME氏の小さい頃の家庭は金銭的に
裕福だった⋯。
さてシキホーを買いに行くか。
クリスマスの楽しさはクリスマスまでの日々にある、と思っている。
クリスマスを控えたこの時期がすごく好きだ。
あの夕食の団らんや、冬の電車のCM(これらCM曲の歌手は夫婦)を見るとなんとも心が浮き立つ。別に過去モテモテでロマンチックなクリスマスを過ごしたわけでもない。というか、むしろ一人寂しかったことがほとんどだ。さらに小さい頃は家が貧乏だったので、そんなにすごいパーティもしたことがなかった。
なのになぜか、クリスマスをまつ心に郷愁を覚えるのだ。
結婚し子を持つ今となってはクリスマスは、「サンタさん、プレゼントはそんな高価なものでなくていいですよ」と祈るここ数年来となっている。当日はごく普通にケーキを食べ酒を飲み、団らんを過ごしている。
「それは充分贅沢だろう」と言われれば、そうなんだろうけど。
就職氷河期世代を過ごした身としては、クリスマスから年末年始と、この時間の経過という、終わりと新しいことの始まりを考えさせられるこのシーズンになにかわくわくするものが心のうちに湧き出すのがきっと楽しいのだろう。