選ぶ勇氣 | あなたの「生きる力」をサポートするIRIS

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生きづらかった過去。オーラソーマに出会って自分を思い出し、人生が大きく変わりました。だから伝えたい「あなたはあなたを生きられる」ことを!神戸を拠点に色を携えて全国巡業を目指して、ただいまゴールド免許を研磨中(^^)/

わたしたちは、毎日毎瞬、
何かを選択をしながら生きている。

ごくごく小さな選択も。
人生の大きな選択も。


選択するという選択もあれば、
選択しないという選択だってある。

自らが選んだ ものであっても、
押し付けられた と感じるものであっても、
そうせざるを得ない というものであっても、
そのすべてを、自分で選択している。

   


何かを選ぶ ということは
選ばなかった方を捨てるということ。

捨てるという言い方は、あまり心地よくない。

捨てるのが苦手なわたしだから
敢えて、この言葉を使おう。


行くか、行かないか。
右なのか、左なのか。

両方は選べない。
両方を同時に手に入れることはできない。



取捨選択。 という字の如く、
どちらかを取り、どちらかを捨てるのだ。



選ぶのに躊躇することがある。
いつまでたっても、なかなか決まらない。

決まらない = 捨てられないのだ。



最近読んだある本に、こんな文章が載っていました。

私たちは、猶予があると思うと、
知らず知らず、選ぶことを回避する。

でも、まちがった選択をするよりも、
「選ばない」 ことのほうが、むしろ、
自分に課せられたものにそむく行為ではないか?


自分に課せられたものにそむく行為 ・・・

ドキっ としました。


自分で選択することを回避しつつ、
時が過ぎ、どちらかに流れていくことに
従っていたりする・・・なんてこともあったよな~。

で、そんな流れついた選択の結果に
何かが得られたのか、というと、う~ん 

で、そんな流れついた人生の最後に
自分で納得できるのだろうか、と考えると、
きっと悔いが残るだろうな! ガクリ と思うわけで。



そして、こんな一文も。。。

選択では、何を選んだかより、
そのことで何を失うのかを知ることが重要。


ちゃんと選ぶということの勇氣。
ちゃんと捨てるということの覚悟。

わたしは、どのくらい意識的に選択しているだろうか。

と思ったりするゴールデン・ウィーク





この本、おすすめです。


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