2018年1月 ハノイの旅④ハノイの歴史 | 旅大好きirisのブログ

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上海在住6年を経て2015年春に福岡に帰国したバリバリの九州人…毎日の備忘録。趣味は旅と乗馬と犬の散歩。ワインが好きすぎてソムリエの道に(^^)JSAソムリエ、JSAsake diploma 、日本語講師、色彩検定1級、パーソナルカラーアナリスト

2日目はハノイ市内を散策しました

朝ゆっくり起きて10時過ぎにホテルを出発

1/2でしたからこの日も祝日ですし、また天気も小雨交じりで肌寒い日でした

この曇りは空気が悪いのかただの霧なのか

たぶん両方だと思います

ハノイはベトナム第二の都市で(1位はホーチミン)

車もバイクも半端ないです

ただし信号が所々にあるため、全くない地方都市(過去にニャチャンでは信号がなくたいへんだった)に比べたらまだ渡れますが

中国と同じく同じ速度で渡らなければなりません

バイクは避けてくれるし、車はまずぶつかりません(というかバイクと車が入り乱れているからスピードを出せない)

というわけで道の渡り方はすぐ慣れました(中国に住んでいたからか違和感はあまりなかった)

ハノイ駅から北西にホアンキエム湖という湖があり(汚いです)

その周りにフランス統治時代(フランス領インドシナ)に建てられたオペラハウスやホテルとしてリニューアルされた場所があります


パリのオペラ・ガルニエを模したというオペラハウスは本家より随分小さい感じはしますがでもなんだか似てました{EDC18B21-7A97-489E-BE28-7CF2A1343E35}

その向かいにたぶんもっともフランスらしいホテル「メトロポール」がありますが、これはソフィテル

高級ブティックなどが入り、周りの混沌さとは別世界です


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フランス人って植民地にリトルフランスを作るのが好きで

上海の租界地区もそうでしたね

若い時に観たカトリーヌ・ドヌーヴの「インドシナ」はロケ地はサイゴン(ホーチミン)でしたがその時代に建てた建物がタイムスリップしたような気持ちにさせます

メトロポールのエピスリーを覗いてみたら

フランスのもので溢れていました

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フォアグラ、キャビア、バゲット、マカロン、ワインにシャンパーニュ…

ワインはフランス以外もありましたが安くはなく日本と同価格でしたから物価の安いベトナムでは超超高級品でしょう

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ホアンキエム湖の中ほどに小島があり

玉山祠があります

By wiki

黎朝の初代皇帝黎利が湖の宝剣を手にし、その剣によってとの戦いに勝利した。その後、黎利は湖の上で金の大亀 (Kim Qui) から平和になったので持ち主である竜王に剣を返すように啓示され、湖の中心近くにある小島で剣を返した。それゆえ、還劍(ホアン・キエム)と呼ばれるようになった。この物語は水上人形劇で観ることができる。小島にはその後、亀の塔 (Tháp Rùa) が建てられている

とあります


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本当にびっくりの200キロ超の亀の剥製 

こんなのいたら仙人いると思いますね

水上人形劇はこの湖のそばで見ることができますが時間が合わないのでパス





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世界遺産タンロン遺跡は昼休みが13:30までなので少し休憩してお茶でもしようとしたら

西湖の近くにブラウハウスを見つけました

Hoa vien brauhaus

チェコのピルスナー・ウルケルが生で飲めるようで

少し肌寒くはありましたが歩き回って暑かったしテラスに座りました

店員さんはとても感じがよく英語も、流暢でしたので、外観や料理から欧米人向けではあるように見えました

ブラウハウスの中は結構素敵なヴィラで二階もありました

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東京でさえチェコ料理は少ないのに

こんなところで

ピルスナー・ウルケルを飲めるなんてラッキー

メニューはチェコ料理からベトナム料理まで結構ありましたが

チェコ料理のチーズのフライをつまみにオーダーしました

これがすごく美味しくて(.お腹すいていたし)

小雨が降り始めたら

店員さんがどうぞ中へ、と言ってくれましたが

なんだか外で街を眺めながら飲むほうが楽しくてお断りしました

ベトナムは社会主義国です

歴史を紐解けばベトナム戦争まで遡ります

ベトナム戦争時に社会主義国(主にソ連)がバックについていたのがベトナム民主共和国(ホーチミン率いる勢力)です

チェコは援助国の一つですので(旧ソ連)チェコの文化もはいっているのかしら

これはあくまで私の解釈というか予想ですけど


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ここが戦場だったなんて

いまや考えられないほどです


そこから徒歩約10分

世界遺産タンロン遺跡があります

入場券は約300円

1800年代にフエに都が移されるまで各王朝の都であった場所ですが

タンロンとはハノイの旧称で中国語の腾笼(tenglong 龍が舞い上がるの意)から来ており李王朝がハノイを都と定めた時に黄金龍が現れたという伝説からだそうです




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奥にはベトナム戦争の時の共和国司令部あとがあります

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昔の飛行ルート図

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地下にもシェルターがあり
実際にこの地が戦場だったことを物語っています

敷地には日本では季節外れなヒマワリが咲いていました

そういえば道端でヒマワリの花束を売っている女性を見かけました

冬にヒマワリ

気温15度と少し肌寒かったので違和感がありました

ベトナム人は中国と同じくよくヒマワリの種を食べます

だからお花だってたくさんあるはずですよね

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隣に軍事博物館があり戦闘機や戦車が展示されています

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帰りは歩いてホテルまで帰りました

相変わらずひどい交通渋滞

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映画に出てきそうな線路のそばの家々

名前をRail streetといいます

そのまんまですね

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結局この日18000歩ほど歩き回りました


世界史では近代史をあまりしない(というか受験前ギリギリになる)ので第一次世界大戦以降の関係性が個人的にちょっと苦手です

ベトナム戦争についてもなんとなくとしかわかっておらず

今回3度目にして

実際の遺跡を見て回ったりして

理解できました

そういう意味ではハノイは来るべき場所だったと思います

黄金龍伝説もしかり

ハノイには

独特の都としての威厳と風格と歴史があります